現代舞踊公演 稽古場訪問&インタビュー

柳下規夫 『冷たい満月 ニジンスキーの影に翔る』

柳下規夫さん

柳下規夫(やぎした のりお)

『冷たい満月 ニジンスキーの影に翔る』振付・出演

1957年に藤井公氏、利子氏に師事し、モダンダンスを始める。1969年(テクニック部門)、1972年(創作部門)、1976年(創作部門)において、全国舞踊コンクール第一位・文部大臣賞を受賞。その後、フルブライト アメリカ留学。1979年に『楢山節考』芸術選奨文部大臣新人賞、芸術祭優秀賞、舞踊批評家協会賞を受賞、三冠達成。その他、現代舞踊協会特別新人賞や『オルフェ』芸術祭優秀賞を受賞するなど、数々の栄誉を得ている。2015年6月、新国立劇場主催公演「ダンス・アーカイヴ in Japan─未来への扉─ a Door to the Future」において、小森敏作品「タンゴ(1936年初演)」にソロ出演。誰もが知る日本の現代舞踊作品のマスターピースともいうべき作品を踊りあげ、ダンサーとしての新境地を開いた。

今回の作品はどのようなテーマなのでしょうか。

『冷たい満月 ニジンスキーの影に翔る』は、精神を病んだひとりの男が、自分のことをニジンスキーだと思い込んでいるという設定です。そのため、その世界は「影に飛び 光に這う/闇に抱れ 夢に迷う/想に眠り 天に向う」というように、通常ならば「影に這い 光に飛ぶ」ところが逆になっているイメージです。今回はまずニジンスキーの世界を表現したいと思い、それからこのようなフレーズが生まれました。
タイトルに置いた「満月」は、人によってさまざまな光を放つという意味を込めました。ある人にとってはとてもやさしい光かもしれない、あるいは厳しい光かもしれない。ニジンスキーだと思っている男にとってはスポットライトかもしれません。

作品の内容と見どころをお聞かせください。

飛んだり跳ねたりというニジンスキーをそのまま丸ごとコピーすることはできなくても、錯覚している人間を演じることは可能です。そこで今回は、劇中劇というわけではありませんが、『牧神の午後』と『薔薇の精』の2作品による白昼夢のようなものがあり、そこに病んだ男の夢がだぶっているという構成になっています。そう言うと複雑に思われるかもしれませんが、今どんなシーンが展開されているかを常に意識しながら観ないとわからない、ということはありません。むしろ「ここは牧神だろうか」とか、「あのモチーフは薔薇の精じゃないだろうか」とか、気づいてもらったりこちらから問いかけたり、それも楽しみ方のひとつです。僕のほうから一方的にこうですよと伝えるのではなく、気づいてくれるのかくれないのかという部分も、作品の面白さだと思うのです。お客様には考えるのではなく感じてもらいたいですし、五感に響いたらいちばんいいですね。
音楽はコール・ポーターのジャズを使っています。ニジンスキーがパリに滞在していた時代にコール・ポーターと関わりがあったという記事を読んだことがあるので、使ってみたいと思いました。不慣れなジャズに挑戦しているところですが、「数の踊り」ではないので、抑揚のほうに乗せていけられるのではと思っています。
また、僕の上半身には「からだ化粧」が施されます。これはメイクアップアーティストの小林照子先生が生み出した施術で、顔に化粧するように、体にも化粧をするのです。踊っていくうちに、2~3時間かけて施したメイクが汗で少しずつ溶けていくのですが、ラメがにじんだりして、それもまたいいんです。女性は背中が大きく開いた衣装を身につけ、通常よりもキャラが少し濃く見えるようなメイクになるので、その辺りも楽しんで観ていただけるのではと思います。

出演されるダンサーのご紹介をお願いします。

稽古風景

うちのグループのダンサーが中心で、女性8名が『牧神の午後』のニンフ役で登場します。若手からベテランまで年齢は幅広く、初参加の人、何度も共演している人などさまざまです。共通している特徴はゆるやかであり、攻撃的な踊りはしないという点でしょうか。年齢にも関係するのでしょうが、今の僕は穏やかな世界が心地よく感じます。自分の年齢からの目線を通してでないとものは観られないし、ましてや作ることはできません。ですから僕の感じる心地いいものが、お客様にとってもそうであってくれればいいなと思います。

ダンスの魅力とはどんなところだと思われますか。

言葉のないことですね。言葉なしに表現できるのはダンスの大きな魅力だと思います。現代は1から10まで説明する言葉の世界ですが、もっとお互いの五感に触れあえる時間を舞台の上で作りたいですし、その結果足りなかったら、そこから言葉を探せばいいと思っています。
僕が心がけているのは、鑑賞後によみがえる踊りです。会場を出たら忘れてしまうのではなく、むしろそこから自己との対話が始まるような踊りができれば、次にもつながっていくと思います。

観客の方へメッセージをお願いいたします。

踊りは原始的な表現だと思います。理屈なしに飛ぶ、回る、反る、音に反応して表現する、その単純なところを見て、感動していただければありがたいです。

山本 裕 『The color of flowers』

山本裕さん

山本裕(やまもと ゆう)

『The color of flowers』振付・出演

水谷みつる、折田克子に師事。2006年文化庁新進芸術家国内研修員、2006年現代舞踊協会新人賞、2007年現代舞踊協会ダンスプラン賞、2008年文化庁新進芸術家在外研修員制度にてオランダのスカピーノバレエ団に1年間留学。2009年 New Praha Dance Festival「ダンスシアター賞」(チェコ)。 シャープなテクニックと独創的な振付は定評を呼び、主にヨーロッパ各地のフェスティバルや国内のダンスカンパニーより招待され、振付提供やゲスト出演している。近年では瀬戸内国際芸術祭や東京オペラプロデュース「兵士の物語」、東京都江戸東京博物館のスカイツリー完成記念公演の振付出演なども手掛け、活動の幅を広く見せている。2015年にはキッド・アイラック・アート・ホールより依頼を受け初のソロ公演を行う。

今回の作品についてお聞かせください。

『The color of flowers』の「カラー」はさまざまな考え方や思想を、「フラワーズ」は私たち人間のことを意味しています。人間には共存という永遠のテーマがあります。それは一生答えの見つからないテーマかもしれませんが、人間は欲望や願い、愛情の表現などが人それぞれであることを忘れてはいけないし、その上で、人間同士ぶつかり合ったりすれ違ったりする宿命を背負っています。当然、そこには葛藤もあるでしょうし、コツコツと築き上げた壁が崩れてしまうこともあるかもしれません。けれどそれらを乗り越え、自分とまったく違う未知のものを認め合う心の広さや豊かさというものを、この作品では描きたいと思いました。

作品の見どころはどんな点でしょうか。

今回の現代舞踊公演のチラシに「愛と調和の時代」という言葉があります。僕が思う調和とは、自分を消して相手に合わせたり、他人と同じようにしたりするという意味ではなく、誰もが自分らしく生きていながら同じ場所に存在できるということです。それはいちばん素晴らしいことですよね。僕の振り付けは「自分らしく生きる、けれど共にある」を最大限に生かすようにしているので、そこが見どころかと思います。 たとえば、群舞などで全員が同じ振付を踊っている場面があるとします。
僕はこれが完璧に合っていることが必ずしも良いことだとは思いません。そして完璧に合っていることで満足もしません。振りの魅力を生かし、それによってダンサー達が輝いているかが大切です。
その中でもし、はみ出してくるものがあるとしたら、それがその人の身体の本音だと思うのです。そういう部分を削ぎ落としていくのが最近のダンスの傾向ですが、僕は逆に、このはみ出した部分を生かしたいと考えています。それを全体として調和出来るように持っていくのが僕の役割。はみ出したからってむやみに削ぎ落とすことはないのです。これは人間に対しても同じ事ではないでしょうか。

出演されるダンサーのご紹介をお願いします。

稽古風景

現在、舞踊界でもっとも活躍している20代前半の若いダンサーが中心となっています。今回の作品においては若さが非常に重要なキーとなっていて、加えてダンサーには目的への集中力と肉体のタフさを求めました。それらを満たしたダンサーに声をかけ、参加してもらいました。女性が13名、男性が僕を入れて3名という構成で、みんな作品のテーマに対して悩んだり迷ったり、そしてまっすぐに進んでくれる、素晴らしいメンバーです。

現代舞踊になじみがないという人にも親しんでもらうためには、どうすればいいとお考えでしょう。

日本では、時間があれば働き、余った時間は習いごとをするなど、常にすべきことがあるという生活リズムで暮らす人がたくさんいます。けれど、「何もない時間」も、結構大切だと思うのです。そういう時間に、一度劇場に足を運んでみていただきたいですね。ダンスを見るということは、それがすぐに目に見える形の結果につながるわけではないかもしれません。しかし感動すること、想像すること、そういう機会が人間の感性を豊かにし文化に繋がっていくのだと思います。
そしてダンスという文化をより多くの方に知っていただくために、われわれ振付家も作品も、社会とよりつながっていなければいけないと思っています。

ダンスの魅力とはどんなところだと思われますか。

このジャンルのダンスにおいては、自由奔放であることが魅力のひとつだと思います。自由とは素晴らしい面もある一方で難しさもあるので、そこがおもしろいところです。というのも、例えばダンサーが「自分の好きな踊りを何でもやっていいよ」と言われると、自分の先生や尊敬する人のスタイルを真似てしまいがちです。自分の体で表現したいと思っているダンサーですら、自由と向き合うのは難しいのです。自分のダンスを作っていくというのはとても孤独なものですが、孤独と向き合い、切磋琢磨して作り上げた作品をお客様に見ていただくべきだと思います。

観客の方へメッセージをお願いいたします。

僕なりの『フラワー』をみなさんにお送りできるように挑戦します。舞台でお待ちしています。

能美健志 『春の祭典』

能美健志さん

能美健志(のうみ けんし)

『春の祭典』振付・出演

1965年、東京生まれ。モダンダンスを望月辰夫、クラシックバレエを橋浦勇に師事。数々のダンスコンクールでグランプリを受賞した後、1997年「能美健志&ダンステアトロ21」を主宰し、国内外で公演を行い好評を得る傍ら、新国立劇場、バレエ団、海外のダンスカンパニーにも作品を提供している。第30回「江口隆哉賞及び江口隆哉賞にかかる文部科学大臣賞」を受賞する。また、TBSドラマ「きみはペット」の松本潤、テレ朝ドラマ「セカンド・ラブ」の亀梨和也のダンスシーンの振付なども手掛けている。現在、大学や専門学校の講師、振付法、作品を提供しながら、ダンスを通じた人間教育にも力を入れている。

今回の作品についてお聞かせください。

ストラビンスキー作曲の『春の祭典』は、これまで異教徒の祭りや乙女のいけにえといった音楽の主題に沿って、さまざまな振付がされてきました。しかし今回はそれらを一切排除して、シンプルに、音楽からインスパイアした動きと構成で見せる作品としました。テーマは「人と人のつながりと調和」です。これは普遍的なテーマでもありますが、あえてこのテーマを追求し、音楽を視覚化するように振りつけています。
35歳くらいの時に、一度『春の祭典』をやろうとしたことがありました。けれどそのつもりで改めて音楽を聴くと「今の自分のスキルでは難しい」と感じ、以来、ずっと取っておいたのです。ここで言うスキルというのは、技術ではなく精神的な難しさです。圧倒的な音に対しても、ただ振り付けるだけではなく「重さ」が大事ですし、音の複雑性にも対応しなければなりません。今回、都民芸術フェスティバルに参加することに決まった際、50歳の今ならできるという思いがあったので、満を持して取り組むことにしました。

作品の見どころはどんな点でしょうか。

ダンスの構成とシーンごとの時間変化ですね。今回の作品は、音楽の旋律、ダンスから成り立っているということを強調しています。そのため、普段あまり現代舞踊を見る機会の少ない方でも、この見どころは感じていただけると思います。また、『春の祭典』の衣裳は肌色系がよく用いられるのですが、今回はあえてファッショナブルに色を入れました。その点は珍しいかもしれません。

出演されるダンサーのご紹介をお願いします。

稽古風景

ダンサーは主宰する「能美健志&ダンステアトロ21」のメンバーです。軽部裕美、森まどか、長谷川まいこ、贄田麗帆、坂田守、鈴木泰介を中心に、20歳から50歳まで、僕を含めた計21名で踊ります。このメンバーの特徴は個性派ででこぼこなところです。いろいろな人間を見たいというのが僕の思いなので、そこがダンサーの面白さやカンパニーの魅力にもつながっていると思います。目に見えない、言葉で言えないものというのは伝えにくいものですが、日々一緒に稽古しているこのメンバーだから、「春の祭典」でも一体感、調和、つながりといったものを、より深く表現できます。

現代舞踊になじみがないという人にも親しんでもらうためには、どうすればいいとお考えでしょう。

日本には劇場に足を運ぶ文化があまりないように思います。ヨーロッパでは劇場が街の中心にあり、誰もがそこへ向かうような歴史があります。定期的に家族で劇場に行くということも、ごく普通に行われています。残念ながら日本にはそういった習慣はありません。特に現代舞踊は、初めて見る人には「何だかよくわからない」と思われがちです。そういった意味では、現代舞踊は抽象画と似ているかもしれません。何度も見て、見る側の経験値が上がっていくことで、その意味や価値への理解が深まる、そういうものなのです。そのためにも、会場に足を運ぶ環境づくりが、これまで以上に求められるのではないでしょうか。
社会が成熟していく中で、文化はとても大事なものです。その中でも、視覚的でないものを感じ取ることができるのが、現代舞踊だと思います。

ダンスの魅力とはどんなところだと思われますか。

ダンスには言葉がありません。心が感じたものを身体に投影することで、言葉を使わずに表現する、これがダンスの魅力だと思います。そして見る側も成熟していないと理解しにくいという点も、魅力といえるのではないでしょうか。もちろんわかりやすさは大切ですが、そもそも心とは見えないものです。その見えないものを表現するのがダンスと考えれば、わかりにくいのはむしろ必然です。心とダンスは距離が近いのかもしれませんね。

観客の方へメッセージをお願いいたします。

今回はストラビンスキーの『春の祭典』に、ダンスを振りつけて音楽を視覚化しました。旋律とダンスが融合したところを、ぜひ感じ取ってみてください。