江戸糸あやつり人形結城座 × ベトナム青年劇場
日越国際協働制作『野鴨中毒』 稽古場訪問&インタビュー
脚本・演出 坂手洋二さん
出演 十二代目 結城孫三郎さん、レ・カインさん

坂手 洋二(さかて ようじ)

劇作家・演出家。1983年に燐光群を旗揚げ。社会を鋭く切り取る視点と発想力でその芝居は国内外で高く評価される。戯曲は十ヶ国以上の言語に翻訳されている。『屋根裏』『だるまさんがころんだ』などで読売文学賞、鶴屋南北戯曲賞ほか受賞多数。

十二代目 結城 孫三郎(じゅうにだいめ ゆうき まごさぶろう)

十代目結城孫三郎の次男として生まれ4歳で初舞台。11歳から武智歌舞伎座に入門。能は観世栄夫、狂言は茂山千之丞の教えを受けながら、人形遣いの修行を重ね、1972年写し絵家元三代目両川船遊を襲名。1993年十二代目結城孫三郎を襲名。古典演目の継承はもちろん、国内外の演劇人たちとの新作芝居にも意欲的に取り組む。また一般向けのワークショップなど、江戸糸あやつり人形の普及に努める。

レ・カイン(Le Khanh)

ベトナム青年劇場所属の女優にして演出家。7歳でデビュー。今やベトナムを代表する国民的な大女優の一人である。代表作に国際イプセン演劇祭『人形の家』ノラ役や映画『夏至』など。

  

今回企画の経緯をお聞かせください。

結城   

坂手さんとは以前から「一緒にやりましょう」と話していました。また、レ・カインさんは2014年に結城座が上演した現代劇『半七捕物帳』を観てくださり、共演したいと言ってくれました。それで、レ・カインさんが所属するベトナム青年劇場との共同制作として、坂手さんに演出をお願いし、レ・カインさんと結城座との共演で、イプセンの『野鴨』をやりましょうということになったのです。なぜ『野鴨』になったかというと、創作ものはベトナムでの審査を通らなければならないためで、それならばオリジナルではなく昔からある作品にしようとなりました。ただしそのままやっても面白くないので、坂手さんがかつてご自身の劇団、燐光群での上演にあたって『野鴨』をベースに書かれた『野鴨中毒』を大幅に書き直してくれて、さらに付加的なものもつけて上演することになりました。

結城孫三郎さん

今回あらためて『野鴨』を脚本にするにあたり、どのような点に着意されたのでしょうか。

坂手    

レ・カインさんにギーナをやっていただくということで、そこを中心にまとめました。もともとギーナに視点を置いたほうが、この戯曲は面白いだろうなと思っていたのです。ストーリーを運んでいるのはグレーゲルスですが、ギーナの物語の中で、野鴨と娘とのイメージがつながっていくほうがいいだろうと感じました。ギーナとヤルマールの夫婦の会話はベトナム語と日本語で交わされますが、お芝居として違和感はないと思います。孫三郎さんとレ・カインさんはそれぞれキャリアのある方なので、ふたりのやりとりについてはまったく心配していません。

坂手洋二さん

結城座が古典の継承だけでなく、糸あやつり人形劇の新たな上演方法や新作現代劇にも意欲的に挑戦されているのはなぜでしょうか。

結城  

人形と人間の共演というスタイルは、1970年代から本格的にやっていました。結城座は370年の歴史がありますが、伝統にしばられることなく、新作や写し絵公演、海外の演出家・作家とのコラボレーションなど、さまざまな活動を行っています。今回は、ベトナムの方と日本の人形がどのような融合性を持てるかという部分が冒険ではありましたが、安全な道より冒険を取ったほうが、新しいものを作り出すエネルギーになると思っています。

レ・カインさんは2014年に来日された際、結城座の伝統芸能と現代演劇の融合した舞台づくりに感銘を受けたそうですが、どのような点に魅力を感じられましたか。

レ・カインさん

レ・カイン 

2014年に初めて結城座の人形芝居を観たとき、衝撃を受けました。人形を使ってあれほど豊かに人間の表情や気持ちを表すことに感動したのです。人間が役柄を演じる際に感じる限界というものが人形にはなく、むしろ人間以上の表現力があると感じました。そのため、役者はこれからどのように表現力をより高めていけばいいのか、改めて考えさせられました。最初に観た結城座の人形劇は、伝統的なお芝居に現代の音楽、言葉、現代の人のしぐさなどが巧みに用いられ、伝統と現代と境界を意識させない素晴らしいものでした。伝統と現代の融合というのはベトナム演劇界の大きな課題でもあるので、結城座を見習い、ベトナムの演劇の発展のために貢献したいと強く思いました。

坂手さんに伺います。「人間と人形が共演する」という結城座独特の舞台空間、加えてベトナムとの国際協働制作ということで、作品づくりのご苦労などがありましたらお聞かせください。

坂手 

孫三郎さんはずっと前から知っていますが、やっとご一緒できると思ったらそれがこんなにも大がかりな企画で(笑)、今の時点ではまだ苦労と思うレベルにまで達していませんが、これから稽古を重ねるほど大変になっていくと思います。とはいえ、人形のしぐさなどはこちらが黙っていても孫三郎さんが自分からどんどんやってくれますし、やりたいという強い熱意も伝わってくるので、セッションとして非常に楽しいですね。ですからこの先は、人形と人間という尺の違うものが同じ舞台にいてもお客さんから見やすくするといったことが課題になっていくと思います。
観客の方には、人形がイプセンをやっていることの面白さが見ていただけるでしょうし、レ・カインさんの魅力と人形の関わり方も見どころになるでしょう。さらに太田惠資さんの音楽の生演奏も入るので、いろいろな要素が絡んだライブ感覚のような舞台になるのではと思っています。

稽古が始まり、実際に共演されてみて、レ・カインさんの印象はいかがですか。

結城 

レ・カインさんは芝居に対する対応力、反射神経が抜群ですね。こちらから投げかけたものをキャッチして投げ返してくれる能力がすごく高くて、一緒にやっていて実に楽しいです。さすがベトナムの吉永小百合と言われる方ですね。転んでしまったとか人形の糸が引っかかってしまったとか、舞台にハプニングはつきものですが、仮にそういった状況に遭遇したとしても、レ・カインさんならばなんら動じることなく対応できるだろうと感じます。

人形と共演するということの面白さと難しさはどんな点でしょうか。

レ・カインさん

レ・カイン

面白さは、人形の表現力には限界がないことを、稽古を通して改めて実感していることです。難しいのは、会話はベトナム語と日本語なので、言葉としてのやり取りを成立させること、そして会話だけではなく、会話も含めて人形と分かり合え、うまくやり取りすることです。また、人形のサイズは小さいので、私の体で人形を隠してしまうことがないよう、立ち位置に注意しながら会話する点でしょうか。

結城 

お客様には人形遣いだけ、役者だけ、あるいは人形だけを見るのではなく、お芝居としてとらえていただければうれしいですね。

ベトナムでは水上人形劇が有名ですね。

レ・カイン

農民たちが農作業の合間に豊作を祝って行ったのが由来で、1000年の歴史を持つ伝統芸能です。結城座で学んだことをベトナムに持ち帰り、水上人形劇がより発展していくきっかけを作ることができればと考えています。

人間ができることをあえて人形で上演するのはなぜでしょうか。

結城 

人間という肉体を使ったほうが楽ですし、より繊細な表現ならばCGのほうがはるかに勝れています。それでもあえて人形を用いるというのは、具体的なものより人形のように抽象的なもののほうが、観る方の思いがどんどん広がっていくからかもしれません。結城座の人形劇が何百年も続いてきたのは「懐かしいから観たい」ではなく、自身の想像力や思いによって芝居がさらに広がっていくからです。だからこそ、人形劇に泣いたり笑ったりするのではないでしょうか。

この作品の見どころと、観客に向けてのメッセージをお願いいたします。

レ・カイン

『野鴨中毒』という日越協働制作が、それぞれの役者やスタッフにとってプラスになり、両国の文化交流に貢献するよう期待しています。そして、日本とベトナムのお客様、また出来れば世界のお客様に対しても素晴らしい芸術作品を提供できるよう、頑張りたいと思います。

結城 

今回はレ・カインさんをはじめとするベトナムの方の参加が大きな要素です。国が違う、民族が違う、言葉が違う、生活感が違う、それらがどう融合しあうか、観ていただければと思います。また、結城座を知っている方ならば、まさか坂手洋二さんとタッグを組むとは思っていらっしゃらないと思うので、それも見どころのひとつです。そして坂手さんと組んだということは、現在のメッセージをかなり含んでいるということでもあります。イプセンの『野鴨』をやるのではなくそこに『中毒』がついた、ではその中毒って一体何だろうといった辺りも含め、『野鴨』と『野鴨中毒』の接点もお楽しみください。

稽古風景