劇団銅鑼公演No.48『池袋モンパルナス』 稽古場訪問&インタビュー
脚本 小関 直人さん
演出 野﨑 美子さん

小関 直人(おぜき なおと) 劇作家・演劇制作者

1967年、東京都出身。1989年劇団銅鑼制作部入団。『センポ・スギハァラ』『らぶそんぐ』等を制作。1997年より同劇団で劇作にも携わるようになり、同年、初めての脚本となる『池袋モンパルナス』を劇団創立25周年記念公演として俳優座劇場で上演。1999年、同作品を東京芸術劇場で再演し池袋演劇祭大賞受賞。その後の劇作に、『Big brother』(2003年東京芸術劇場で初演/池袋演劇祭優秀賞受賞)、『はい、奥田製作所。』(2008年俳優座劇場で初演/劇団創立35周年記念公演)、『からまる法則』(2013年俳優座劇場で初演)があり、それぞれ劇団の主要なレパートリーとして全国で再演を重ねている。

野﨑 美子(のざき よしこ)演出家・アクティングトレーナー

舞台芸術学院、劇団青年座付属養成所卒業。劇団東演で女優として活動の傍ら、アマチュア演劇の演出や、障害者と健常者が共に体験するワークショップを数多く行う。
1996年、文化庁在外研修員として、ロンドンの王立演劇アカデミー(RADA)で俳優教育を、モスクワユーゴザパト劇場主席演出家ワレリー・ベリャコーヴィッチの下で演出を学び、97年からはユーゴザパト劇場客員俳優となる。2000年には、モスクワ芸術座付属演劇学校マスタークラス入学。スタニスラフスキーシステムの本場で俳優教育を学んだ。2006年ロシアから帰国後は、プロフェッショナルのためのトレーニング&クリーニングワークショップを定期的に開催するほか、アクティングトレーナー、舞台演出家として活動している。

劇団銅鑼

1972年、鈴木瑞穂・早川昭二など劇団民藝出身者を中心に発足。現在、劇団員約50名。代表作に『炎の人』(三好十郎作)、『燃える雪』(大峰順二作)『橙色の嘘』(平石耕一作)、『センポ・スギハァラ』(平石耕一作)など。現代を多様にそして豊かに反映する舞台を目指して活動している。『センポ・スギハァラ』は海外でも好評を得ており、1993年のリトアニア公演に続き、1998年ニューヨーク、2001年ポーランド、2003年韓国、2004年アメリカで上演し、通算上演回数800回を越える。また、リトアニア国立アカデミー劇場・同カウナスアカデミードラマ劇場との交流を続けており、2004・2005年に両国スタッフ・キャストによる合同公演『sakura イン・ザ・ウィンド』を上演。一般公演活動の他、全国の高校・中学校での芸術鑑賞行事での上演活動も行っている。CM・TV・映画出演者多数。

  

『池袋モンパルナス』とはどのような作品なのでしょうか。

池袋モンパルナス

小関 『池袋モンパルナス』は劇団銅鑼で1997年に初演、1999年に再演した作品です。
昭和初期から第二次世界大戦終戦頃まで、東京・池袋周辺には若く貧しい芸術家たちが集まっていました。「池袋モンパルナス」と呼ばれるそこでは、若き画家、靉光が太平洋画会研究所で油絵の研鑽を積み、その周囲には後に洋画家として大成する井上長三郎、鶴岡政男、寺田政明といった仲間たちがいました。戦時色が強くなると、彼らが求めるシュルレアリスム(超現実主義)の表現に対する弾圧が強まっていきます。それでも彼らは新人画会を結成し、独自の展覧会を開催するのです。『池袋モンパルナス』は時代にあらがうのではなく、自分の描きたい絵を求めた画家たちの生き様を描いた作品です。
原作は大宅賞受賞作家、宇佐美承氏の『池袋モンパルナス 大正デモクラシーの画家たち 』というノンフィクションです。500ページほどのぶ厚い本で、池袋が空襲で焼かれて何もなくなってしまうまでを、ドキュメンタリータッチで描いています。その中で私の目を引いたのが、若い頃に研究所で共に過ごし自由を謳歌した仲間達が、戦争という時代に巻き込まれながらも描きたいものを描こうと、新人画会という展覧会を行うまでの流れでした。そこが1つの大きなまとまったものとして原作から読み取れたので、「じゃあここを抜き取ろうじゃないか」ということでこの脚本を書いたのです。

この作品を17年ぶりに上演することになったのはどういった経緯からでしょう。再創造にいたった理由もお聞かせください。

小関 若い劇団員のひとりが倉庫で不用品を処分しているときに、私がかつて書いた『池袋モンパルナス』の台本を見つけました。最初は不用品と捨てようとしたものの、何となく興味を持って自宅に持ち帰り読んだところ、琴線に触れるものがあったようで、これをやろうと提案してきたのです。うちの劇団は偉い人が「これをやるぞ」と決めるのではなく、劇団員一人ひとりが「これをやりたい」と意見が出せるところです。そういう民主的な運営を大事にしている劇団なので、今回もさまざま作品が候補に挙がりました。その結果、『池袋モンパルナス』に決まった次第です。
実はこの作品は、私が初めて書いた脚本です。同時に、自分が芝居や芸術にどう向かい合っていくか、劇団銅鑼は何をしていくべきか、そんなことを突き詰めて考えさせられた思い出もあり、私にとっても原点となるような大切な作品です。原点の作品を大事にしつつ、現代に即したモンパルナスにしたいと思い、脚本を加筆修正、さらに演出は野﨑さんにお願いしました。
野﨑さんにお願いしたのは、以前一緒にお仕事をした際、野﨑さんの熱さや劇団員への向き合い方に感じ入るものがあったこと、そして『池袋モンパルナス』で一番大事なのはハートだという、そこを一番わかってくださる演出家だと思ったからです。また、ただ芝居をするだけでなく、劇団員を芸術家として育ててくれるのは野﨑さんしかいないと思い、お願いしました。
野﨑 今回は劇団銅鑼から2度目のオファーをいただき、身の引き締まる思いです。同時に、絶対にハードルを下げないで作ろうと決めているので、どこまでできるか楽しみでもあります。この演出を通して、自分も自分を超えたいと思っています。

劇団銅鑼とはどのような劇団ですか。

劇団銅鑼

小関 劇団民藝出身の鈴木瑞穂らにより設立され、2015年で創立43年になります。一人ひとりを大切にし、本当に人間らしく生きることとは何かをテーマに活動しています。私にとって劇団は大きな家族のような存在です。
野﨑 私は好きな劇団ですね。ひねくれたものの見方や人へのアプローチをしない劇団だと思います。稽古場の中で、『池袋モンパルナス』のアトリエ村とちょっと似ている関係が作られている、そんな気もします。

演出にあたって、特にどのようなことを心がけられますか。

野﨑 2016年で3回目の上演になりますが、まったく色あせない作品だと感じています。それは、登場人物たちがシンプルに生き様をさらしているからでしょう。今回テーマにしたいと思ったのは、「生きるって幸せなことだ」です。「人はいいものなのだ、生まれてきたのは幸せなことなのだ」を思いきり表現できる場が、芸術という世界だと思っています。演劇にしても絵画にしても音楽にしても、ストレートに魂に響くものですから。
この、生きるのは幸せだということを伝えるために、私たちが稽古場でどう生きるかも大事です。稽古場に来るのがきついなと思う日でも、来てみたら楽しくて幸せという思いを共有できる俳優さんたちと、初日を迎える。そしてお客さんに「そういった稽古場だったんだな」と伝わるような、私たちの生き様も芝居の中にきちんと反映されるように作っていきたいと思います。演劇は、人の体験でしか表現することができないものなのです。

『池袋モンパルナス』では何を中心に表現されたいと思われていますか。

小関直人さん

小関 才能あふれる貴重な人たちが、芸術とまったく関係ないところで命を失うって、いったい何なんだろうと思います。今回の作品では、言葉では説明できない感情やいじらしさを、鮮烈に生きた人たちを通して観客のみなさんに感じていただきたいですね。言葉ではない何かを表現し、それこそ絵を見たときのように伝えることができたらと思っています。それが銅鑼ならではの『池袋モンパルナス』です。
野﨑 蔵で眠っていたこの脚本がこうして再び目覚めたのは、若い人にとって何か引っかかるものがあるからでしょう。必要だから出てきた作品を私の代で死なせてはだめだと思うので、画家たちの生き様をしっかり出してあげないといけない、そう思っています。

劇団銅鑼では、視覚障害や聴覚障害をお持ちの方が観劇するにあたってのバリアフリーサービスにも力を入れられています。

小関 障害をお持ちの方にもお芝居を楽しんでいただくシステムの提供には、数年前から劇団をあげて本格的に取り組んでいます。そのため、ガイドしてくださる方は稽古場にも入り、作品作りに関わってもらっています。劇団銅鑼は、誰もが幸せに生きる、誰も知らないところにもスポットを当てるといった作品作りをしてきました。これからもバリアフリーを含めてトータルな作品づくりをしていきたいと思っています。

新生『池袋モンパルナス』の見どころを教えてください。

小関 見どころは「はちゃめちゃに、元気に生きた芸術家たちが、鮮やかにいた」ということです。そして、池袋モンパルナスでこれだけ熱く生きた芸術家たちがいたということを、一人でも多くの方に知っていただくことで、自分たちが生きている意味や平和な社会についても、思いを馳せてもらえればと思います。また、「個」と「群れ」もテーマになっているので、個という存在が群れという社会とどう関わりどう動くか、そんなこともお芝居から感じてもらえれば幸いです。
野﨑 街や都市は突然できるわけではなく、古いものが消えた上に新しい建物が築かれていくように、「誰かの生き様の上に自分の人生がある」ということです。実際、アトリエ村も今はあらかた消えてしまっていますが、その場所には新しい建物が建っていて、それもまたいずれ消えていきます。そうやって未来が生まれていくのだということを、ぜひ見ていただきたいですね。

お客様へのメッセージをお願いします。

野﨑美子さん

野﨑 もしも今、あなたが「本質や真実というものは目に見えないもの。本当にあるのだろうか」と思うことがあったら、劇場に足を運んでみてください。目には見えないけれど感じられるものが、たくさんあります。ぜひいらしてください。
小関 シュルレアリスムは池袋モンパルナスで過ごした彼らが傾倒した主義ですが、これは現実を超えた真実だと思います。真実とは何かを、若い画家たちは求め続けました。だから私たちも私たちなりに一生懸命追求していくので、客席のみなさんにもそれを感じていただければと思っています。