第46回邦楽演奏会【対談】
邦楽連合会代表・山田流箏曲演奏家 萩岡松韻さん
解説 葛西聖司さん(アナウンサー・古典芸能解説者)

葛西 聖司さん(左) 萩岡 松韻さん(右)
葛西 聖司さん(左) 萩岡 松韻さん(右)

萩岡 松韻(はぎおか しょういん)

昭和37年5歳で初舞台、祖父二世萩岡松韻より手ほどきを受ける。昭和45年中能島慶子師に入門。昭和55年四代目萩岡松韻継承、東京藝術大学邦楽科卒業。
東京藝術大学教授、日本三曲協会副会長、
山田流箏曲協会副会長、萩岡會会長。

葛西 聖司(かさい せいじ)

1951年東京都生まれ、中央大学法学部卒業。NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオのさまざまな番組を担当してきた。現在はその経験を生かし、歌舞伎など古典芸能の解説や講演、また日本伝統文化の講義などで大学の教壇にも立ち、朗読教室や執筆活動も続けている。主な著書に『名セリフの力』(展望社)、『ことばの切っ先』(展望社)、『文楽のツボ』(日本放送出版協会)など。

  

【対談】萩岡松韻 × 葛西聖司

萩岡 邦楽連合会主催の「邦楽演奏会」では、義太夫、清元、古曲(※1)、三曲(※2)、新内、常磐津、長唄という7つの邦楽団体が一堂に会します。ここまで大がかりな、いわば様々な日本の伝統音楽の「盛り合わせ」が一度に楽しめる演奏会は、ほかに例がありません。

葛西 邦楽は幅広く奥行があり、知れば知るほど面白いので、そのことを多くの方に知っていただくには最適な催しですね。

萩岡 「邦楽演奏会」は今回で46回目の開催を迎えますが、私が代表となりました「第43回邦楽演奏会」から、7つの邦楽団体が出演するプログラムを組むにあたって、何か共通のテーマを設けましょうということになり、「日本の四季」というテーマで3回開催しました。このテーマで、まだまだ続けることもできたのですが、今回はまた異なる切り口で邦楽の魅力をご紹介したいと思い、新しい案を各協会で出し合ったところ、その中に「喜・怒・哀・楽」がありました。邦楽にはこうした人間の感情を表現する曲が実に多いんですね。どの邦楽団体も扱えるいいテーマだということでこれに決まり、私からは曲の長さなども含め「なるべく邦楽初心者にとって聴きやすいものを」とだけお願いし、各団体でこれらの感情を分担した選曲をしてもらっています。

葛西 今回は「喜・怒・哀・楽」のいずれかに通じる曲が選ばれているのが楽しみです。それにこのような機会があると、三味線ひとつ取ってもさまざまな音楽分野があることに気づかされます。

萩岡さん、葛西さん

萩岡 箏にしても、山田流と生田流で在りようが違いますからね。三味線も太いのから細いのまで実に多彩です。現代ではピアノやヴァイオリンなど西欧の楽器が広く普及していますが、日本にも誇れる楽器があり、歴史もあります。バッハの時代以前に八橋検校がいましたし、モーツァルトと箏曲の山田検校、尺八の黒沢琴古などはだいたい同じ年代ですから。

葛西 日本人は昔から自然の中の情景に音を付けてきました。松の枝の上に積もった雪が落ちるさまを打楽器で表現したり、箏や三弦では、音もなく降る雪にメロディをつけたり。これは邦楽の大きな魅力であり、海外の人は「すごい」と感嘆するのですが、肝心の日本人は邦楽になじみがないというのが現状です。邦楽にもっと親しんでもらうためにはどうしたらいいでしょう。

萩岡 洋楽も邦楽も一緒です。どちらも耳から入る音ですから、雑音は不快だしいい音はいい。この大きな共通点があるので、難しい色眼鏡をかけずに聴いていただきたいですね。ただ大事なのは、最初に聴く音楽が耳心地のいいものであることです。そうでないと、また聴きたいとは思ってもらえません。食事と一緒で、もしも初めて食べた食材が鮮度や品質が悪ければ、二度と食べたくなくなってしまうでしょう。

葛西 そうならないように、今回の演奏会でもまずは口当たりのいいもの、心地よいものを届ける必要がありますね。とはいえ、演奏者たちは技芸者で舞台人なので、どなたも一級の演奏をされ、いい音を響かせてくださることはわかっています。ただそれをより楽しんでいただくためには、ひと工夫が必要なんですね。もともとおいしいものですが、器や盛り付けも考えて。

萩岡 邦楽演奏会に関して言えば、その「ひと工夫」の役割の一つを果たしてくれているのがナビゲーターの葛西さんです。葛西さんには前回の「第45回邦楽演奏会」からナビゲーターをお願いしていますが、葛西さんが幕間で食べ方の説明、おいしさの説明をしてくださるおかげで、よりいっそう"おいしく"鑑賞できることに私たち自身も驚いています。

葛西 古典芸能や伝統芸能には、解説は必要だと思います。シェフがおいしい料理を作ってくれて、それをサービスしてくれるボーイさんが料理について簡単な説明を添えてくれると、料理に対してより期待が高まるでしょう。それと同じことです。

萩岡さん

萩岡 今回はどのような解説をしていただけるのでしょうか。

葛西 前回同様、観る側の視点で、見どころ、聴きどころを解説したいと思っています。仮に「聴いていると眠くなってしまう」という人には、眠くならない方法、つまり「ここまで聴いたら眠くなりませんよ、ここまで楽しんだら次に行けますよ」という、その階段の上がり方を伝授します。間違っても「これは元禄○年の名曲で」なんて解説はしませんよ(笑)。私の解説は想像力を高めるサポートをすることが役目ですから、想像するきっかけを提供することに徹します。そこで、私からも萩岡さんにもうひとつお伺いしたいことがあるのですが、このように解説などで鑑賞方法にひと工夫を加えるほかには、どのような方法で邦楽の魅力を伝えていけばいいと思われますか。

萩岡 やはり初等教育が大事ですね。最近になってようやく初等教育でも邦楽に触れる機会ができ、私も文科省からの派遣という形で、九州の学校まで演奏に行きました。

葛西 教師不足ですから、小中学校の音楽教師に邦楽教育をすべてゆだねるのは難しい、けれど本物を聴かせたい。そうなるとおのずと音楽鑑賞はCDになってしまいますが、生を聴く魅力はなにものにも換えがたいものです。今後は楽器に触れたいという小中学生に対する道も、整っていくといいですね。

萩岡 先日は都内の小学校で三曲のミニコンサートをしたのですが、その際は楽器にも触れてもらいました。

葛西 小さい子ほど自然に触りますね。素直に触れて素朴に感動する、そういう年代のうちに触れる機会があるのは素晴らしいことです。たとえば地域のお祭りも邦楽教育のひとつで、積極的に郷土芸能を取り入れることも大切です。

萩岡 日本人には独特の感性がありますから、そこをくすぐられて、邦楽の魅力をわかってくださるといいなと感じます。また、日本の楽器は「勘どころ」といって、その人の感覚で音を作るところが多いですよね。箏にしても左手の押し具合で1音半音変わる。三味線だってまさに勘の世界です。そういう感性が、日本人は非常に優れていると私は思っています。尺八だって5つの穴が開いただけのシンプルな楽器ながら、2オクターブも出ますからね。

葛西 尺八といえば、函館で民謡を歌う子供たちが、尺八の稽古もしているグループがあり、塩化ビニール管を尺八代わりにしています。尺八は高価ですが、塩化ビニールならひとつ30円で作れます。子供たちも気楽に稽古でき、本物の尺八に触れるときもちゃんと音を出せています。そうやって民謡の尺八から入って民謡の津軽三味線に触れたら、それが三味線の入口になり、どんどん邦楽の世界が広がっていきますね。

葛西さん

萩岡 日本三曲協会が協力している「キッズ伝統芸能体験」(※3)では最初はプラスチック管を使います。気軽に尺八の魅力に触れていただける、非常にいいアイデアですよね。

葛西 三味線だって演奏しながら調弦しているんですから、とんでもない耳のよさです。しかも、指揮者がいないのに演奏がぴったりそろう超絶技巧、日本人のチームワークも感じさせます。まさに「息を合わせる」ですね。

萩岡 息を吸う、吐くのタイミングは演奏に大きく関わっています。先日プロ野球のキャンプに呼ばれて講演する機会があったのですが、演奏とスポーツの似たところは「間」であり、呼吸法が非常に大事だとお話しました。呼吸と動きがうまく合えば集中でき、合わなければ音も響かなければヒットも打てない、まさに「間」は「魔」なのです。

葛西 確かに演奏はスポーツに通じるものがありますね。たとえば箏は、振袖を着たお嬢さんが手先でやっているかのように思われがちですが、実は全身運動でしょう。

萩岡 特に古典箏曲は弾き語りしますから、正座して踏ん張るので、足袋のかかとではなく、指の上の部分がすれてしまいます。腹筋と太腿も非常に使います。また、音楽でもスポーツでも、うまい人は構えたときの隙がなく、動きに無駄もありません。

葛西 姿勢のいい人はいい音が出ますね。邦楽は、演奏する人の姿の美しさも見どころのひとつです。そして邦楽の達人は、衣裳が楽器に当たらず、演奏の邪魔になっていません。だから和服をとてもきれいに着こなしていらっしゃる。指の先まで神経を使う美しさを目の当たりにできる感動は、CDでは決して得られないものです。

萩岡 そういう意味でも、都民芸術フェスティバルの「邦楽演奏会」は邦楽の魅力をご紹介する舞台として最適ですね。いわば図鑑のようなもので邦楽の一通りのものが観られますし、人間国宝も出演します。互いにほかの協会には負けまいといういい競争心も芽生え、結果としてよりよい演奏へとつながっています。

葛西 しかも低料金でハイレベルの演奏に触れることができるという絶好の機会です。改めて、今回の「喜・怒・哀・楽」というテーマも楽しみですね。今はただげらげら笑うことが面白いとされるけど、それは一過性の、テレビのお笑いの世界の話です。本当におかしいものは何年経ってもおかしくさせてくれる、悲しいものは時代を超えてずっと伝わる悲しみでもあるし、人の恨みの恐ろしさは時を超えて人間共通のもの。それを磨かれた音楽や言葉で味わい、「日本にはこんな表現があるのか」と知る楽しみが、邦楽にはあります。言葉は難しい、でも難しいからこそ文化は分厚いものなのでしょう。

萩岡 邦楽演奏会では曲目・演者の解説つきプログラムを無料配布するほか、演奏中は電光字幕による詞章(歌詞)も掲示されます。幕間には葛西さんの絶妙な解説も楽しんでいただけます。義太夫協会、清元協会、古曲会、新内協会、常磐津協会、長唄協会、日本三曲協会という7つの邦楽団体が出演する貴重な機会に、邦楽好きの方も初心者の方も、ぜひお運びいただきたいと思っています。

萩岡さん&葛西さん

※1 古曲とは、三味線音楽の分類名のひとつ。河東節(かとうぶし)、一中節(いっちゅうぶし)、宮薗節(みやぞのぶし)、長唄から派生した荻江節(おぎえぶし)の4種類の三味線音楽を指す。(公益社団法人日本芸能実演家団体協議会HPより抜粋)

※2 三曲とは、江戸時代から現代にかけて、日本の音楽として最も普及している3種類の音楽の総称で、「箏(そう)曲」といわれる箏(こと)の音楽と、「地歌(じうた)」といわれる三味線(しゃみせん)の音楽と、「尺八(しゃくはち)」の音楽のこと。なお、「三曲合奏」といった場合、尺八ではなく、胡弓(こきゅう)を加える場合もある。(公益社団法人日本三曲協会HPより抜粋)

※3 「キッズ伝統芸能体験」とは、東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、公益社団法人日本芸能実演家団体協議会の共同主催による子供のための伝統芸能体験プログラム。能楽、長唄、三曲及び日本舞踊の一流の芸術家から子供たちが直接指導を受け、その成果を舞台で発表する。「東京都長期ビジョン」における都市戦略3「日本人のこころと東京の魅力の発信」、政策指針8「芸術文化都市を創造し、日本文化の魅力を世界に発信」に係る事業と位置付けられている。