第47回 東京都民俗芸能大会 ―道の芸・街角の芸― インタビュー
東京都民俗芸能大会実行委員会 実行委員長 三隅 治雄さん

三隅 治雄さん

三隅 治雄(みすみ はるお)

東京国立文化財研究所芸能部長、実践女子大学教授などを歴任。広く国内外の伝統芸能の調査研究に従事し、とくに民俗芸能を伝承学的立場で研究。独特の歴史的体系づけを行い、学術・芸術振興に努めている。また、藝能学会会長、民俗芸能学会理事、日本民謡協会理事長、日本芸術文化振興会評議員、国立劇場おきなわ運営財団理事等に就任し、伝統芸能の保存・振興に尽力している。主な著書に「日本舞踊史の研究」「祭りと神々の世界」「さすらい人の芸能史」「原日本おきなわ」などがある。

  

「民俗芸能」とはどのような芸能ですか。「古典芸能」や「伝統芸能」との違いは何でしょうか。

民俗芸能とは民衆の日常生活の中で、その土地ごとに伝えられている歌や踊り、演劇のことです。また、職能者でも物売りや祝い獅子舞など、街頭で見ることができる生活に密着した芸能です。
古典芸能や伝統芸能は、特定の職業の方が伝承していて、かつ、劇場など特定の場所に行かなければ見られない特別な芸能です。雅楽や能、歌舞伎、文楽などがこれに当たります。
一方、民俗芸能は地域に住んでいる住民自らが歌い手、演技者となって伝えています。

ほかの地域の民俗芸能と比べ、東京ならではの特色というものはあるのでしょうか。

江戸太神楽

東京の民俗芸能は、土着のものと、諸国から集まってきたものを江戸の人たちが作り上げた芸能です。そのため、洗練されていて都会的なのが特徴です。都会的と言っても気取っているわけではなく、土くささ、潮くささ、汗くささといった江戸の人々の生活のにおいが節々に感じられます。それでありながら、他の地域とはまた異なる洗練された芸が生み出されているのです。
具体的には、祭囃子はリズムが細やかで、きりっとした粋な感じですね。少し味付けのはっきりした音色になっているので、歯切れがよくしゃれているといった味わいがあります。

「東京都民俗芸能大会」が始まった経緯について教えてください。

各地域の生活の中にある文化こそが日本の文化の原点であるということで、文化庁主催の全国民俗芸能大会が昭和25年から毎年開催されていました。この年は「伝統文化を残していかなければいけない」という機運が高まり、文化財保護法が制定された年でもあります。
昭和34年からは関東など各ブロックにわかれての民俗芸能大会が始まり、地方で伝承されている民俗芸能をさらにきめ細やかに紹介するようになりました。その結果、豊作をお祈りするといった思いが歌や踊りやお芝居で表現されることこそ、文字では書かれていない生きた歴史であるという声が高まります。それが「東京にもそれぞれの土地での思いを表現した民俗芸能がたくさんある」という気づきへとつながったのです。
そうして昭和45年に第1回東京都民俗芸能大会が開催され、今にいたります。

民俗芸能の「今」、そして「これから」について、思われることはありますか。

三隅 治雄さん

戦後、海外からの文化が入ってくると、自分たちの文化に対する喪失感もあり、日本は独自の伝統文化をぞんざいに扱うような時期がありました。さらにラジオの普及やテレビの登場により、自分たちが歌ったり踊ったりしなくても、そういう娯楽が供給されるということで、民俗芸能が伝承されにくくなっていきました。特に、街角で音楽を聞くという機会は随分減ってしまいました。ただ幸いにも、「自分たちの生活の中で伝わってきた地域文化を、伝えていかなければいけない」と思っている人はたくさんいます。
グローバルな世の中だからこそ、民族的な特性やDNAを刺激するものが求められます。そこで民俗芸能を披露できる機会を提供し、それを観てもらうことで、日本人らしい価値観を見直すのです。それが東京都民俗芸能大会を開催する意義だと考えます。また、そういう場を設けていかなければ、民俗芸能がなかなか残っていかないというのが現状でもあります。

東京都民俗芸能大会で民俗芸能を紹介する際、心がけてこられたのはどのようなことでしょう。

民俗芸能はもともと舞台で上演するものではないため、わかりやすく観ていただけるよう、解説を付けて上演するようにしています。また、実際には50分かかるお神楽でも、20分に短縮して紹介するといったことも行っています。邪道だという声もあるかもしれませんが、東京都民俗芸能大会での上演は、レクチャー・デモンストレーションという意味合いがあると思います。何もかも披露するのではなく、まずは民俗芸能を紹介することに徹し、人々の知識にしてもらい、「さらに興味を持った方は現地のお祭りに行ってみてください」という流れを作るのが、東京都民俗芸能大会のありようだと考えます。
芸能は生き物です。民俗芸能も、その時代の人たちの心をつかむものがなければ生きていくことはできません。そして、民俗芸能は芸術の「種」となってものを作り出していく火種になるものでもあります。東京都民俗芸能大会は、過去を紹介すると同時に、明日を開くことへの提案であるのです。ですからぜひ、若い人たちにたくさん見て欲しいですね。今まで知らなかった世界を見てもらい、火種を感じ、刺激を受けてもらいたいと思います。

今回のテーマ「道の芸、街角の芸」についてお聞かせください。

チンドン芸

日本には道を練り歩く芸がたくさんありました。その1つであるチンドン屋は、現在では演奏しながら街をパレードして商店などの宣伝を行いますが、昭和30年代までは辻々で寸劇や珍芸も披露しており、珍重すべき街頭芸です。今回は2015年「とやま全国ちんどん大会」で最優秀賞を受賞した団体が出演、チンドン芸を披露してくれます。
街角の芸は、口上芸が中心です。昔の物売りは、口上がうまいと人が集まり、ものがよく売れました。あちこちの街角でそのような光景が繰り広げられ、町そのもののにぎわいへとつながっていました。現代では街角の芸が減りつつある一方、その面白さを伝えようとしている人たちもいます。今回は大道芸口上芸を実演していた坂野比呂志の後を継いだ大道芸塾が出演、口上芸を披露してくれます。

飴売り芸

ほか、飴売り芸や曲独楽など、道の芸、街角の芸のスペシャリストが集まりました。いずれも見ごたえのあるステージを見せてくれることでしょう。

今回は東京以外の地域で生まれた芸能も紹介されますね。

岩手の鹿踊、沖縄のじゅり馬

東京在住の方による日本各地の芸能を紹介しようという試みで、東京で継承する民俗芸能として、岩手県一関市の鹿踊と沖縄県の春駒じゅり馬が上演されます。
東京には日本中のみならず世界中から人々が集まっています。ですから、もしかしたら将来は東京都民俗芸能大会でモンゴルの踊りを紹介するといったこともあるかもしれませんね。

「民俗芸能」の魅力とは何でしょうか。

第47回 東京都民俗芸能大会チラシ
PDF(720KB)

芸術というものは、ひとつの完成された形になって初めて芸術といえます。例えば歌舞伎にも、歌舞伎の芸、歌舞伎の技というものがあります。技とは捨てるものを捨て、削るものを削り、その上で磨きをかけ、凝縮された美しさで築き上げたものです。
民俗芸能は、捨てたり削ったりすることがないため、どこか野暮な感じが漂います。しかしだからこそ、大らかで野性的といった長所があります。完成されていないからこそ、隠れた美しさが発見できるのが民俗芸能のよさであり、芸術家たちが民俗芸能にインスピレーションを得るのも、そのような魅力ゆえです。
"お化粧"をしていない、飾らない状態で、自分の心のままに歌ったり踊ったりする民俗芸能は、生活がそのまま踊りに現れています。それこそが民俗芸能の魅力といえるでしょう。