第46回 都民寄席 インタビュー
都民寄席実行委員会 実行委員長 長井 好弘さん

長井 好弘さん

長井 好弘(ながい よしひろ)

1955年、東京・江東区生まれ。読売新聞記者。都民寄席実行委員。浅草芸能大賞専門審査員。落語、講談、浪曲、諸演芸、文楽、歌舞伎と鰻重が好き。「よみうり時事川柳」5代目選者。『新宿末広亭「春夏秋冬」定点観測』『寄席おもしろ帖』『噺家と歩く江戸・東京』『落語と川柳』など著書・編著多数。『正楽寄席かるた』の制作も。近著に『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた―寄席演芸家傑作語録―』(東京かわら版新書)。

  

都民寄席の開始の経緯、歴史を教えてください。

第46回 都民寄席チラシ
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1970年、早稲田大学の暉峻(てるおか)康隆先生が、都民芸術フェスティバルの公演に寄席も組み込むことを提案したのが始まりで、今年で46回目を迎えました。70年代前半というのは、人形町の末広が閉館したり、桂文楽、古今志ん生ら昭和の名人が次々と亡くなるなど、落語の世界が大きく動いた時期です。国文学者である暉峻先生は落語にも詳しかったので、寄席の人気が低迷することのないよう、都民芸術フェスティバルに参加して、新しく落語に親しむ人々を増やしたいと思われたのでしょう。
また、常打ちの寄席があるのは新宿、上野、池袋、浅草など都心部に限られているので、そこまでなかなか足を運べない方や、遅い時間までいられない方もいます。そこで都民寄席では、多摩地域の各地で公演することとしました。さらに寄席になじみのない人でも気軽に楽しんでもらえるよう、解説付き、無料で開催しています。

演目はどのように決定されているのですか。

桂歌丸師匠、柳亭市馬師匠

私たち都民寄席実行委員には、落語芸術協会会長の桂歌丸師匠、落語協会会長の柳亭市馬師匠、また、演劇・演芸評論家の矢野誠一さんや、TBS『落語研究会』のプロデューサーをされている今野徹さんがおり、会議で意見を出し合って決めています。演目を選ぶ基準は、「その時点でいいものを見せたい」ということです。普段はあまり落語になじみのないという初心者のために、わかりやすい演目を選んだほうがいいのではと思われるかもしれませんが、「いいもの」を見せることが最も楽しんでいただけるのです。たとえそれが難しい内容のものであっても、いいものは必ず伝わります。そして「細かなことはわからなくても面白かった」という思いは、落語に興味を持ったり、寄席に足を運ぶきっかけになったりするかもしれません。
人気の落語家さんはスケジュール調整も大変なのですが、いずれの協会も都民寄席を優先してくださるのがありがたいですね。そのおかげで、伸び盛りの若手や誰もが知っているベテランなどにも参加してもらえています。

都民寄席と通常の寄席ではなにか違いがあるのでしょうか。

寄席は落語だけでなく漫才や紙切りといった芸能も見られるので、総合的なショーという趣があります。昼夜あわせれば20組以上が出演しますから、いろいろな演目を楽しめる反面、出演者一人あたりの持ち時間は15分ほどとあまり長くありません。一方、落語だけをたっぷり聞きたい、しかも大ネタや珍しい演目が聞きたいという人に好まれるのがホール落語で、こちらは大きなホールでひとり30分ほどの持ち時間が与えられています。つまり落語には、寄席とホール落語という2通りの楽しみ方があるわけです。
都民寄席は、寄席とホール落語のちょうど中間に当たります。落語だけでなく曲芸などいわゆる「色物」も含まれている寄席のスタイルは守りつつ、本数を少なくすることで出演者一人当たりの持ち時間を長くしています。ですから、寄席とホール落語、両方のいい面を取り入れた形ですね。

浪曲だけ独立した会となっているのはなぜでしょうか。

浪曲は三味線の演奏に乗って大きな声で歌い語る芸なので、寄席のような小さな場所ではサイズが合わず、落語家と共演しにくい芸なのです。そのため、浪曲だけは独立した会で開催するというのが昔から習慣になっています。独立していることが功を奏し、都民寄席の「浪曲の会」は1年分のおすすめを披露したり顔見世したりする場にもなっているので、出演者も豪華ですよ。

長井さんはいつごろ実行委員会に関わられるようになったのでしょう。

長井 好弘さん

2000年に声をかけていただき、解説も行うようになりました。初めての解説は、なんと八王子市民会館の1800人ほど入れる大きなホールで、それはもう緊張しました。どこを見て話せばいいのかわからず途方に暮れ、おまけに時計を忘れ、ステージで「何時だろう」と首を振ると、客席のみなさんも一斉に同じ方向を見るという(笑)。
今は、解説に与えられた限られた時間で落語のことを少しでもわかってもらおうと、「12分でわかる落語の歴史」を話すようにしています。普段、大ホールの舞台上で解説をするという機会はあまりないので、非常に貴重な経験をさせてもらっています。
また、楽屋で普段聞けないような芸の話を聞けるのは仕事上の刺激にもなりますし、裏話などもインタビューとして聞くのと楽屋で雑談しながら聞くのでは鮮度が違います。そういった点でも大変勉強になります。

ほかの伝統芸能や芸術とは異なる落語の魅力、また寄席という場所の魅力とはどのようなところでしょうか。

落語は伝統芸能の中でもいちばん庶民の感覚に近い、敷居が低くてわかりやすい芸能だと思います。しかも歌舞伎、狂言、講談の要素、浪曲の面白さなどをすべて取り込んだ総合庶民芸術のような芸なので、ほかの芸能を知るきっかけにもなります。また、落語は博物館で見るような芸ではなく、寄席に行けば毎日見られるものです。つまり400年間、芸能として死んでいない、現在進行形として生きる芸であるというのは、大きな魅力です。
さらに、落語には歌舞伎など古典のパロディがとても多いので、落語を聞けば聞くほど歌舞伎が見たくなったり、狂言や文楽を見て「この間聞いた落語と同じ趣向だ」と気づいたりします。古典芸能はみんなつながっているのですね。
寄席での公演をフルコースに例えると、前菜から始まって徐々に会場を盛り上げ、メインの真打ち登場で最高潮に達するという、個々の芸を披露しながらも全体として1つのショーが成立しています。その流れに乗っていれば自然に楽しめるので、見る側は楽ですよ。いつ入場していつ退席するのも自由という、普段着で楽しめる気軽さも寄席のいいところです。

長井さんの目からみて、今の寄席芸能を取り巻く現状はどのようなものですか。

長井 好弘さん

寄席は敷居が高いと思われがちなので、高い敷居をどれだけ低くするかというのが私たちの仕事だと思っています。都民寄席では若い人にも来てもらうため、人気者が出演したり、無料にしたり、交通の便のいい会場にするといった工夫をしています。落語のことは何もわからないという初心者でも、初心者でわかるレベルで面白いのが落語です。わかればわかるほど面白さは深まりますが、初めて見て自分の理解できる部分だけ楽しんでも、寄席は十分笑えるところです。
今は落語を見に来るのではなく落語家を見に来るので、一部の人気落語家の会はいつも満員でチケットが取れない状態が続いています。一方、平日夜の寄席は空いていたりするというのが現状です。寄席に足を運んでもらうために、都民寄席が最初のきっかけになってくれればという思いがあります。

今回の都民寄席の企画の見どころ、聞きどころ、楽しみ方をお聞かせください。

落語は4派、上方を入れると5派あり、普段はそれぞれの協会が独立興行を行っています。都民寄席ではこれらの派が一緒に出演します。このような機会はとても少ないので、大きな見どころと言えます。都民寄席でしかありえない組み合わせもありますし、落語家も刺激を受け、とてもいい高座をやってくれます。それから解説も面白く、ためになりますよ。
さらに、曲芸や曲独楽など、寄席でしか見られない色物もたっぷり楽しんでいただけます。テレビでも見る機会が少ない古典系の色物をライブで見られるのは、かなり貴重なことです。色物が寄席で果たす役割はとても重要で、落語ばかり聞いていると疲れてしまうのですが、色物が間に入ることでいいクッションとなり、お客さんもリフレッシュして次の落語を聞く準備ができるのです。都民寄席ならではの落語と色物の絶妙のバランスを、ぜひ味わっていただきたいですね。

ふだんあまり落語や芸能になじみのない人へも含め、メッセージをお願いいたします。

「とにかくまずは3回、寄席で見てください」と言いたいですね。CDやDVDで昔の名人の落語を聞いて満足し、寄席に行かなくてもいいという人もいますが、寄席には臨場感や現在進行形の笑いがあり、伝統と現代の両方を楽しむことができます。ぜひ寄席に足を運び、ライブの面白さを体験してください。落語はテレビで見ているという人も、寄席で見ることで想像力が湧き、もっと楽しくテレビでの落語を楽しめるようになりますから。最初の体験が都民寄席だったらうれしいですね。落語の魅力、寄席の魅力、それらを一人でも多くの方に知っていただければと思っています。