東京シティ・バレエ団 "ダブル・ビル"
『L'heure bleue』『ベートーヴェン 交響曲第7番』 稽古場訪問&インタビュー
東京シティ・バレエ団 芸術監督 安達悦子さん

安達 悦子(あだち えつこ)

松山バレエ団にて、松山樹子、森下洋子、清水哲太郎に師事、ソリスト・プリマとして踊る。79年第1回アメリカジャクソン国際コンクール銅メダル受賞。同年、文化庁芸術家在外研修員として2年間モナコに留学し、マリカ・ベゾブラゾヴァの指導を受ける。86年東京シティ・バレエ団入団。プリマとして迎えられ、「白鳥の湖」「ジゼル」「コッペリア」「エスメラルダ」「真夏の夜の夢」などに主演する傍ら、オペラの振付けなども手がける。2008年文化庁研修員としてベルリン国立バレエ団に派遣され、ベルリンを拠点にヨーロッパ各地で研鑽を積む。09年4月より、東京シティ・バレエ団代表理事および芸術監督に就任。同年より、NHK放送「ローザンヌ・バレエコンクール」の解説者のほか、「TANZOLYMP」(ベルリン)や「Korea International Ballet Competition」(韓国)など国内外のバレエコンクールの審査員も務め、献身的なバレエ教育を行っている。主な受賞歴に、音楽新聞新人賞、第30回橘秋子賞(04年)など。

  

東京シティ・バレエ団について、概要や特色を教えてください。

東京シティ・バレエ団は、1968年に日本初の合議制バレエ団として誕生しました。当時としては話し合いによって運営されるバレエ団は珍しかったと思います。設立した5人の発起人はすべてがダンサーではなく、現在も舞台監督を務める橋本洋や運営担当の野口辰雄なども含まれていました。以来、「古典バレエの上演」と「新しい作品の創造」を軸として、『白鳥の湖』『ジゼル』といった古典から『カルメン』『ロミオとジュリエット』などの創作まで、110を超える作品を上演しています。これまでのステージ数は約1500にのぼります。

どのような特色のあるバレエ団なのでしょうか。

東京シティ・バレエ団 稽古風景

私は1986年に入団し、現在4代目の理事長および芸術監督を務めていますが、3代目理事長だった石井清子が現在も振付を行っているように、年齢層が厚いバレエ団であることが特徴です。今回上演する『L'heure bleue』と『ベートーヴェン 交響曲第7番』の2作品ともダンサーは団員のみで構成、ゲスト参加はありません。そういった点からも、ダンサーの層の厚さがわかっていただけるのではと思います。
また、1994年から江東区と芸術提携を結んでいることも大きな特色です。自治体との提携は日本のバレエ団としては初めてのことで、ティアラこうとう(江東公会堂)での定期公演をはじめ、同じく芸術提携団体である東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団との教育プログラムなどを行っています。地方行政に関わる方々と一緒に舞台を作り上げていけるということには、とても大きな意味があります。私たちは「Ballet for Everyone」というビジョンを掲げていますが、バレエは敷居が高いと思っていらっしゃる方へのアプローチがぐっと増えましたし、それによってバレエにより親しんでもらえるようになりました。私たちだけでは思いつかなかったようなアイデアや企画を提案していただけることもあり、勉強にもなります。東京シティ・バレエ団はもともと新しいことにチャレンジする気風があるので、今後も江東区とタッグを組み、江東区から世界に誇れるバレエを発信していきたいと思っています。

『L'heure bleue』は日本初演ですが、どういった内容の作品でしょうか。

『L'heure bleue』
© Otto Bubenicek

多彩な才能を発揮する双子のブベニチェク兄弟の作品です。弟のイリが演出と振付を、兄のオットーが振付助手のほか舞台美術や照明プラン、衣裳デザインまでを手掛け、2013年にアメリカのシャーロット・バレエで初演されました。イリは毎年テレビでも放映されているウィーン・フィル管弦楽団のニューイヤーコンサートで、今年のバレエシーンの振付を担当しました。『L'heure bleue』は、美術館に飾られている、バロック時代の絵に描かれた人物の背景にあった物語が動き出す、といった作品です。音楽もバッハの曲が中心で、衣装もロココ風、踊りにも古典的なところがあります。とはいえ絵画をフレームで表現するなどコンテンポラリーな要素も多く、古いものと新しいもののコンビネーションが見どころと言えるでしょう。古い絵の中の物語を現実化するわけですが、その物語は決して深刻ではなく軽い感じで、楽しく笑いを誘うような動きも見られます。ダンサーは男女5人ずつで、今回の東京シティ・バレエ団スペシャルバージョンでも、すべてのダンサーにそれぞれ見せ場があります。また、この作品の根底には「愛」というテーマが流れています。「愛という感情だけは自分でコントロールできないものだから、自分の中に愛を発見することで本当の思い、本当の感情を見つける」、そんなメッセージが盛り込まれた作品です。
バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲」など、耳に馴染みのある曲に乗って踊るので、普段はあまりバレエを見ないという方でもすっと入りやすいのではないかと思います。今回は都民芸術フェスティバルに参加するということで、「良質かつお客様が作品に入っていきやすいもの」を披露したいと考えました。そういう点からも、旬の振付家が演出振付するこの作品は、どなたにでも楽しんでいただけるものです。ブベニチェク兄弟の遊び心が散りばめられた、ウィットに富んだダンスを楽しんでいただきたいですね。

『ベートーヴェン 交響曲第7番』は2013年に東京シティ・バレエ団で日本初演されて大好評を得た作品とお伺いしています。改めて見どころをお聞かせください。

『ベートーヴェン 交響曲第7番』
© Takashi Shikama

これはドイツの鬼才ウヴェ・ショルツが「音楽の視覚化」をテーマに振り付け、1991年シュツットガルト・バレエ団にて初演されました。難しい作品なので挑戦することは冒険でもありましたが、幸い好評を博することができました。その成果を受けて、翌年『NHKバレエの饗宴2014』でも上演しています。今回は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団が演奏、指揮は井田勝大さんです。バレエ公演での指揮の経験が豊かな井田さんによれば、バレエのために作ったわけではない交響曲をバレエのテンポにしてしまうと音楽として変な感じになってしまうことがあるのに、この作品にはそれが一切ないそうです。「みんな音符になって踊るように」と振り付けられた踊りは、まさに目で見る音楽そのものです。特に音楽好きな方なら、主旋律以外のいろいろな音もバレエによって見えてくるので、音楽をより立体的に聴けるでしょう。バレエ好きな方ならば、躍動感のあるダンサーの動きから目が離せなくなります。ソリストは第1、第4楽章が佐合萌香、第2、第3が志賀育恵、男性パートナーはキム・セジョンです。ソリストとして清水愛恵、中森理恵、沖田貴士、内村和真が出演、ほか12組ほど踊るのでかなり迫力がありますよ。きらびやかな衣裳を身に付けて踊るわけではありませんが、交響曲第7番の華やかな音色は存分に感じていただけると思います。

バレエの魅力はどういったところにあるとお考えですか?

人間は表現することを楽しむ生き物です。絵で表現する人もいれば歌で表現する人もいる、ダンサーなら体を通して表現する、その方法は人によってさまざまです。バレエを踊る人はみな人生のどこかでバレエに出会い、その魅力に取りつかれ、バレエの魔法にかかってしまっているようなものですね。ひたむきに練習を重ねてきたダンサーたちの研ぎ澄まされた動きは、バレエの大きな魅力のひとつであり、人々の心に訴えるものがあります。そのような舞台を観客もダンサーと一緒にわくわくできる、それがバレエだと思います。また、絵が好きな人ならバレエによって「絵が動く」楽しみが、音楽好きなら「音が動く」楽しみがあり、その人の好みによってさまざまな楽しみ方ができるのも、バレエの魅力といえるでしょう。
そして、古典バレエには長い歴史の中で愛されてきた普遍的な魅力があると同時に、今創作されている私たちと同時代の新しい作品を楽しむこともできます。今も進化し続けるのもバレエの大きな魅力です。

ふだんはあまりバレエを見ないという方に、バレエの楽しみ方のアドバイスをお願いします。

安達悦子さん

バレエはDVDでも見られますが、やはり2次元の世界ではバレエの世界を十分に堪能することはできません。会場に足を運んでライブで見ることで、空気の震えを感じてほしいですね。ダンサーの体の動きも音楽も、空気が震えて客席に伝わってきます。まさにダンサーと一体になってその世界を感じられる、それこそバレエ鑑賞の醍醐味です。また、ダンサーの動きだけでなく、その豊かな表現力にも注目してください。言葉は発しませんが、ある意味役者でなければなりませんから、表現力のあるダンサーは存在感が違います。
それから、いい作品を観ることも大切です。ぜひプロの公演を観て、本物のバレエの世界に触れてみてください。海外のバレエ団も素晴らしいですが、日本でもどんどんいいダンサーが生まれています。公演に足を運び、日本のバレエ団も応援していただければうれしいですね。