第59回日本舞踊協会公演 稽古場訪問&インタビュー
協会常任理事、日本舞踊協会公演担当理事 尾上 墨雪さん
「神楽十二刻」(かぐらじゅうにとき)振付者 西川 扇与一さん

尾上墨雪(おのえ ぼくせつ)

初代尾上菊之丞・六代目藤間勘十郎に師事。「創造の無い伝統は無い」の持論を掲げ、自主公演「冬夏会」にて独自の創作活動を展開。公益社団法人日本舞踊協会、国立劇場、NHK主催公演に多数出演するほか歌舞伎・新派・宝塚他の演出・振付も行う。おもな受賞に日本芸術院賞、花柳壽應賞など。

西川扇与一(にしかわ せんよいち)

二世西川扇舞、十世宗家西川扇藏に師事。公益社団法人日本舞踊協会、国立劇場、NHK主催公演などに出演や振付で多数参加。プロデュースや演出、脚本執筆なども行い、多彩な活動を展開する。新春奨励賞受賞。

  

日本舞踊協会公演は今回で59回目を迎えます。公演の概要についてお聞かせください。

尾上 出演者は、日本舞踊協会に所属しているすべての舞踊家の中から選ばれています。人間国宝から若手、といってもすでに実績を持って活躍している方ですが、そういった最高峰の舞踊家を幅広い年代から選び、古典から創作まで、日本舞踊のさまざまな作品をご覧いただいています。今回の公演でも、日本を代表する舞踊家が流派を超えて共演します。

尾上 墨雪さん

今回の見どころはどんな点でしょう。

尾上 古典舞踊の名作からここ数年に生まれた新作まで、新旧どちらの作品も組み込まれたプログラムとなっています。近現代の名人や若手舞踊家による振付作品や上方舞もありますので、2日間昼夜どの部においても、日本舞踊の多彩な表情をお楽しみいただけるでしょう。また、20日昼の部は「文芸作品集」として、近代日本文学の文豪や現代詩人の作品を原作、題材とした日本舞踊作品を特集上演します。日本舞踊愛好家だけでなく初めてご覧になるという方にも親しみやすいのではと思います。この部については、開演前や幕間に作品の見どころの解説も行われます。

西川さんが今回新振付をされる『神楽十二刻』について教えてください。

西川 日本神話の天孫降臨という逸話をモチーフにした、比較的最近できた長唄の新作です。天孫降臨とは、アマテラスの孫であるニニギノミコトが地上を治めるため、朝日と共に天から日向の国・高千穂に舞い降りるという神話で、ニニギノミコトが高千穂に現れるまでの24時間、すなわち12刻を表した作品です。この長唄は神楽をふんだんに取り入れており、リズムの刻み方など、独特の手がたくさんあるのが特徴です。日本舞踊の作品とするのは今回が初めてで、振付にあたっては、大らかな神話の世界を崩さず、かつ、人物たちが生き生きしていることを念頭に置きました。皆様が想像されている日本舞踊の振りよりも大きな動きに見えるかもしれませんが、実際は古典舞踊の技術を下敷きにした動きで構成されています。古くからの技術は継承しつつ新しい動きも取り入れることで、「日本舞踊はこんな面もあるんだね」と思っていただけるような作品にできたのではと思います。踊り手は新春舞踊大会(※1)で受賞歴のある若手舞踊家が中心ですので、若い方ならではのダイナミックな明るい面も大きな見どころです。衣裳は素踊り(※2)をコンセプトにしていますが、古代の日本ということでアースカラーをテーマにして、かなり視覚的に具現化する予定です。
また、今回は日本舞踊としては珍しく、大きなセットを組んで空間を立体的にしています。天から地上に向けてのラインが見えるような舞台で、「天孫降臨」の世界を表現できればと考えました。初めて披露する作品ですので、お客様にどのように見ていただけるのかとても楽しみです。

西川 扇与一さん

より多くの方に日本舞踊を親しんでもらうためには、どうすればよいと思われますか。

尾上 日本舞踊は伝統芸能であるがゆえに、日本舞踊に詳しい方ほど、新作や創作よりも古典を重んじる傾向が見受けられます。しかし、伝統に甘んじるのではなく、今の時代にかなっているものや、今の人たちに「ときめく」「かっこいい」と思っていただけるような作品を作っていかなければいけません。伝統とは常に新しいものなのです。ですから日本舞踊とクラシック、日本舞踊とバレエなど、ほかの芸能とのコラボレーションも「あり」です。もともと日本は大陸から海を渡ってやってきたさまざまなものを受け入れてきたという土壌のもと、今の文化があります。当然ながら、日本の文化の一端を担っている日本舞踊も、「受け入れる」という文化を持っています。そして今の時代にかなった作品を作ることや別ジャンルの芸能とのコラボレーションは、これまで日本舞踊に接する機会がなかった方に日本舞踊の世界をご紹介する「最初の一歩」になる可能性を秘めています。
また、舞踊家の方も、踊ることを楽しんでいる、「最高だ!」という気持ちで踊っているということを観客に伝えるため、踊りを通して活気や熱気を出していく必要があります。実はそこが日本舞踊の見どころにもつながっているのだと思います。日本舞踊は「動」だけでなく「静」の場面でも活気、熱気を伝えられる芸能です。ですから、ちょっと落ち込んだ気分の人でも、日本舞踊を見て「明日もやるぞ」と勇気や前向きな姿勢になっていただければうれしいですし、そういう方の背中をぼんと押すような日本舞踊でありたいと思っています。

西川 メディアを通して発信していくことも大事ですが、何よりも肌と肌、つまり人と面と向かってお伝えしていくことが一番だと思います。生の舞台を見ていただくこと、そして踊ることに関心を持っていただけた方には稽古で直接踊りをお教えすることで、人と人とのつながりが少しずつ広がっていくといいですね。若い人にもっと日本舞踊に触れる機会を増やしてもらうためには、やはりレベルの高いものをまずは見ていただくことが大事なのではないでしょうか。本物には訴える力がありますから、まずはそれを感じていただきたいですね。また、現代さまざまな娯楽がある中で、あえて日本舞踊を見に来てくださるある意味コアな方が、特にコアではないお友達やご家族を連れていらしてくださるといった具合に、日本舞踊の魅力を知る方が着実に増えていってくれればいいなと思います。

日本舞踊の魅力とはどんなところにあるのでしょうか。

お稽古_1

尾上 日本人の持つ義理人情や喜怒哀楽といった感情や歴史などが、様式・形式・型となっているのが日本舞踊です。古典であっても新作であっても、日本人が持っている感情が織り込まれているというのは、日本舞踊の大きな魅力と言えるでしょう。ですから、若い舞踊家が型を引き継ぐ際には、型に含まれる命をも引き継いでいるのです。

西川 日本人が持っている独特の「間」というものがあります。たとえば日本には「手締め」というものがありますが、私たちは頭で考えることなく「間」を理解して、みんなぴったり手拍子が揃いますよね。この「間」というものは日本人の血に流れるもの、あるいは日本語という共通の言語を持つ者の特徴なのかもしれません。そして日本舞踊にはこの「間」があるので、踊りを見ることで安らいだり、心地よいと感じたりします。それが日本舞踊の魅力だと思います。といっても、日本人だけが日本舞踊の魅力を理解できるというわけではありません。われわれが洋楽を楽しむように、外国の方にも親しんでいただけますし、いいものに国境はありません。

観客の方へのメッセージをお願いいたします。

尾上 日本舞踊は伝統芸能ですので、先人が積み重ね作り上げてきた様式があります。しかし、あまりそれにこだわらず見ていただき、いま目の前で繰り広げられている、舞台上で踊られているそのままを受け止めてください。会場にいらっしゃったら、先例や固定観念にとらわれず、こだわらず、まっさらな心で踊りを見ていただく。それが日本舞踊をもっとも楽しんでいただける姿勢だと思います。

西川 お客様には楽しい気持ちでお越しいただきたいと思っています。会場に到着したら、背中を椅子に預けてつけてリラックスしてください。そして踊りが始まったら、楽しい気持ちになったり悲しい気持ちになったり、頷いたり一緒に踊ってみたいと思ったり、ほっこりしたり、胸に生まれる自由で多彩な思いを感じてください。さまざまな感情があふれる、そのお手伝いができるような舞台人でありたいと思っています。ぜひお気軽にいらしてください。楽しいですよ!

お稽古_2

※1 公益社団法人日本舞踊協会と文化庁が主催する「各流派合同新春舞踊大会」のこと。コンクール形式で新進日本舞踊家の登竜門となっており、毎秋行われる予選を通過した舞踊家が毎年1月に開催される大会に出演する。

※2 素踊りとは、日本舞踊でかつらなどをつけず、衣裳も装飾の要素を削ぎ落として、男性は袴、女性は着流しの紋服姿で踊ること。