トム・プロジェクト プロデュース『砦』 稽古場訪問&インタビュー
作・演出 東憲司さん
出演 村井國夫さん、藤田弓子さん、浅井伸治さん、滝沢花野さん

『砦』はどのようなお話なのでしょうか。

東憲司さん

  戦争が終わって日本がこれから一等国に向かおうとしている時代、ダム建設計画によって故郷が消えてしまうという山峡地帯がありました。そこに暮らす室原知幸さんと奥さんであるヨシさんという、実在した夫婦の13年間におよぶ闘いのお話です。原作は松下竜一さんの『砦に拠る』で、室原さんの死後、松下さんがヨシさんへのインタビューやさまざまな取材によって1冊のぶ厚い本にまとめたドキュメンタリーです。実はトム・プロジェクトのプロデューサーである岡田潔さんに「こういう本があるよ」と教えていただくまで、九州の熊本、大分にまたがる下筌ダム建設計画に反対した人たちが蜂の巣城と呼ばれた砦で最後まで抵抗を続けたという話を、恥ずかしながら知りませんでした。仲間が去って最後のひとりになってもダム建設反対の姿勢を貫いた室原さんの生きざまに、なんとすごい男の人がいるのかと圧倒されました。

主宰される劇団桟敷童子とは異なる公演ならではの、演出の楽しさや面白さはあるのでしょうか。

  自分の劇団では、美術から音響から、何でも自分の自由にやらせてもらえるという楽しさがあります。一方、このような新しい座組でのいちばんの楽しみは、普段お会いしていない役者さんとご一緒できることですね。今回は生意気にもまず、「なるべくベテランの方とやらせてください」とお願いしました。ベテランの役者さんからは、いろいろなものを吸収させてもらえるからです。これは自分の劇団では経験できない、かけがえのないものですね。また、原作を読んだ時は正直「これを舞台にできるだろうか」と尻込みする気持ちもあったのですが、村井さんと藤田さんというおふたりの名前を見たとき、「それなら大丈夫だ」とうれしくなりました。
それから最初は二人芝居のような形という話だったのですが、僕のわがままで「あと10人ほど出て欲しい」と希望したところ、劇団チョコレートケーキの浅井さんとトム・プロジェクトの新鋭の滝沢さんという、10人分に匹敵する2人にも出演してもらえることになりました。現在、とても刺激的な毎日です。

東さんの作・演出作品についてどう思われますか。

村井國夫さん

村井 東君演出の作品に出演するのは、これが2度目になります。彼の脚本からは、理不尽なものに対しての怒りや市井の人に対するやさしさが感じられ、今回の『砦』でも、東君がオリジナルで作った部分に心を打たれるところがあります。また、舞台の面白味は観客の想像力をかきたてることですが、彼の演出にはそういった要素も多く、演劇的なダイナミズムが感じられて僕は大好きですね。かわいい少年のような心を持った東君ですから(笑)、一緒にやっていて楽しいし、これからも機会があればやっていきたいと思う演出家です。

藤田弓子さん

藤田 毎日ものすごく熱いです。刺激的で、若返っちゃいました(笑)。新劇を始めた頃の、みんながすごく熱かった時代に戻ったような気分です。若い素晴らしい才能と出会うっていうのは最高ですね。一緒にいい作品にしたいなと日々愛情を込めてやっています。ちなみに、ヨシさんは「ハイ」としか言ったことのないような人とうかがっていたので、セリフも「ハイ」だけなんじゃないかと思っていましたが、そんなわけありませんでした(笑)。速射砲みたいにしゃべった直後に語り部としてのおばあさんになるといった具合に、ぱっぱっと入れ変わらないといけないのですが、すごく面白いです。

滝沢花野さん

滝沢 東さんは本当に熱い方です。また、ストーリーも時代や場所ががんがん変わるのが面白いです。ただ、そこが苦労しているところもあるので、なんとか体現しつつ、いろいろ越えていきたいです。

浅井伸治さん

浅井 『砦』は東さんの頭の中をすべて出したような感じの話です。あったかくて、ちょっとしか出てこない人にもドラマがあって、東さんの熱さを感じます。東さんは「東さんのために何かやらなければ」と感じさせる男で、僕は大好きです。5人芝居ですが、「いっぱい出てたね、すごかったね」と言われるような舞台にしたいです。

今回の公演の見どころ、そしていちばん伝えたいのは、どのようなことでしょうか。

  テーマは「国家権力に立ち向かった民衆たち」です。なりふりかまわず自分の主張を通した人間にすごく魅力を感じますし、室原知幸という人物がいたこと、こういう人たちがいたことで今の日本が成り立っている、それを伝えたいです。同時に、今の日本は変な方向へ行っているから正さないといけないと強く感じていますし、お客さんにもそれを感じて欲しいと思っています。

担当される役柄の面白さ、難しさはどんな点でしょうか。

村井 13年という長い間、国家権力に立ち向かう、しかも最後はほとんどひとりになってもその意志を曲げない。僕にそんな力が出せるだろうか、ただ力だけで押しているんじゃないかという忸怩たる思いを抱いています。男の背負っているものが大きいものですから、なんとか食らいついていこうと、東君といろいろ話をしながらやっているところです。そこには苦しさと同じくらい楽しさがあるので、そのふたつが合致すればとてもいい芝居になると思います。

藤田 私は昭和20年生まれなので、戦後の時代を生きてきました。父は早くに亡くなったので、母は若い頃からかなり頑張っていたようです。うちに限らず、女の人が家族を守り支え、男はその家族のために頑張る、そういう時代でした。室原さんが何のために闘ったのか、それは何でもない日常こそが幸せというもので、それを守るためだったということが、『砦』でよくわかります。闘いのお話ですが、お父さんとの会話は面白いし笑っちゃうところもあるんですよ。夫婦の深い愛情の物語でもあると思って演じたいです。

稽古風景

テレビや映画とは違う、舞台ならではのお芝居の魅力とは、どのようなところだと思われますか。

藤田 舞台は生ですから、まずそのこと自体が魅力です。そして客席と役者が一体になって同時に体験できるということです。舞台の役者と観客の方の呼吸が不思議と合ってきて、劇場全体がひとつなって一緒に笑ったり泣いたりする、これは映画やテレビドラマにはない、舞台ならではの魅力です。『砦』も、お客様には「今からみなさん13年間を一緒に体験してください、息も継がせませんよ」という気持ちですね。覚悟して観ていただかないと(笑)。その分、とてもいい気持ちになっていただけると思います。

村井 僕は稽古ですね。1か月近い稽古ができるのは舞台ならではです。稽古では、自分がどんどん裸にされて、かっこつけていることが無意味だということを痛感させられます。稽古の間は自分の中でさまざまな葛藤があり、それが最高に面白いです。そして、東君のようにちゃんと向き合ってくれる演出家がいてくれたら、もう至福の時ですね。

観客の方へメッセージをお願いいたします。

  蜂の巣城紛争は、これまで俳優さんやプロデューサーさんたちが何度も映画化しようとしたほど魅力的な話です。しかしそれを舞台で上演するとなると、さまざまな制約があります。2000人の集団、連なる山々、激流、そういったものを映像で映して表現することができません。ですから役者さんの力で観客の方の想像力を喚起することで、自然と情景が浮かぶような舞台にしたいと思っています。

浅井 僕たちと一緒に13年を体験し、共に笑って泣いて楽しんでいただきたいです。

滝沢 脚本もいいし演出もいいし、本当に刺激的です。絶対いい芝居になると思いますので、ぜひ観に来てください。

藤田 このお芝居は、若い方にも年配の方にもぜひ観ていただきたいです。若い人たちには、日本人というのは本当に「すごか民族」で、上質な人たちがこうやって頑張ってこの国を作ってきた、その心意気みたいなものを観てもらいたいですね。心が感じる、心が動くってことが減っていませんか? お芝居を観て、心がときめく思いをして欲しいと思います。スマホでは感動はできないです。それから私くらいの世代の人たちには、自分たちが今いる国について考え、そしてそれを若い人たちに伝えなければいけないと思うので、そのためにも『砦』を観てうんと刺激を受けて欲しいと思います。ぜひご覧ください。

村井 この芝居は若い人にぜひ観てもらいたいと思います。戦後70年が経ち、日本がちょっと違う方向へ向かっているんじゃないかと、これからどう進んでいくのかと不安に思うこともあります。最近若い人たちが声を上げ始めたことに僕も感動するし、その思いをみんなと共有したいと思います。また、エンターテインメントとしても非常に面白い芝居になっていますし、政治的なものを度外視しても、演劇として楽しくできています。ぜひ若い人に、劇場に足を運んでいただきたいと思います。劇場で待っています。

出演者プロフィール

村井國夫(むらい くにお)

佐賀県出身。俳優座養成所15期生。TV・映画等、多彩に活躍。特に舞台においては、ストレートプレイからミュージカルまでジャンルは広く、近年の主な出演作には、『ダブリンの鐘つきカビ人間』(G2演出)『満月の人よ』(東憲司 作・演出)SHINKANSEN☆RX『ZIPANG PUNK~五右衛門ロック3』(いのうえひでのり演出)等。TVではWOWOW『きんぴか』、『花咲舞が黙ってない』『ワイルド・ヒーローズ』(共にNTV)、CX『信長協奏曲』等がある。第32回菊田一夫演劇賞、第47回文化庁芸術祭賞、第19回読売演劇大賞優秀男優賞受賞。

藤田弓子(ふじた ゆみこ)

東京都出身。高校卒業後、文学座に入る。67年に『カンガルー』で初舞台、68年のNHK連続テレビ小説『あしたこそ』でヒロインデビュー。テレビドラマをはじめ、『ミス・マープル』の吹き替えや現在テレビ朝日系列で放送中の『極上!旅のススメ』のナレーションなど幅広く活躍。また、伊豆地域全体の芸術文化振興を目的として設立したアマチュア劇団 いずの国市付属劇団「いず夢」の座長として地域に貢献している。主な舞台は『Into the wood』(04年)、『かもめ』(08年)、『冬物語』(09年)など。第14回キネマ旬報最優秀助演女優賞、第9回アカデミー賞助演女優賞受賞。

原口健太郎(はらぐち けんたろう)

茨城県出身。1987年、演劇集団木冬社に入団。1999年、劇団桟敷童子の旗揚げに参加。以降劇団の全作品に出演する。劇団になくてはならない存在感のある俳優である。外部出演も多数。主な作品『夢去りてオルフェ』『HAPPY MAN』石川さゆり公演『夢売り瞽女(ごぜ)』劇団桟敷童子『紅小僧』『泳ぐ機関車』トム・プロジェクト『案山子』ほか。

浅井伸治(あさい しんじ)

長野県出身。社会的な事象をモチーフとした作品で今、最も注目を集める劇団チョコレートケーキのメンバー。『治天ノ君』(14年)で第21回読売演劇大賞選定委員特別賞、第49回紀伊國屋演劇賞団体賞を受賞。また昨年上演した『追憶のアリラン』『ライン(国境)の向こう』なども各賞にノミネートされるなど好評を得る。TBS『ゴロウデラックス』NHKオーディオドラマ『吸血鬼』NHKスペシャル『88時間』に出演するなど映像作品へも活躍の場を広げている。トム・プロジェクト所属。

滝沢花野(たきざわ はなの)

東京都出身。新国立劇場演劇研修所8期生。研修所在籍中は栗山民也、宮田慶子、西川信廣などの指導を受け多くの舞台を踏み、卒業公演で好評を得る。本作『砦』が本格的な舞台デビュー作となる。今後の活躍が楽しみな新人女優である。2016年NHK FMシアター青春アドベンチャー『晴れたらいいね』に出演。トム・プロジェクト所属。

※当初出演を予定されていたカゴシマジローさんは、当取材の後日、負傷及び加療のため、やむをえず降板となり、代役として原口健太郎さんが出演されることになりました。