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第49回 邦楽演奏会 出演者インタビュー
新内 多賀太夫(しんない たがたゆう)
新内 多賀太夫さん
冨士元派七代目家元。新内協会理事。父の新内仲三郎(人間国宝)に師事。東京藝術大学大学院修了、音楽学位(博士号)を取得。様々な劇場主催公演や公共放送に出演。新内流しの再現や子供達への普及にも励む。平成16年東京藝術大学常英賞、同21年清栄会奨励賞、同25年松尾芸能賞新人賞、同26年文化庁芸術祭賞新人賞、同27年芸術選奨文部科学大臣新人賞、同30年日本伝統文化振興財団賞受賞。創作曲に「寿猫」「いろは曼荼羅空海」他。劇伴に「居酒屋お夏」「黒蜥蜴」他。
第49回 邦楽演奏会
浄瑠璃・新内節とはどのようなものか教えてください。
新内節は江戸浄瑠璃の流派のひとつです。三味線音楽は歌舞伎や文楽といった視覚的なものと結びついて発展してきました。新内節も当初は歌舞伎の伴奏を行っていましたが、次第に演奏だけを聴かせようという方向へも進みます。いわゆる素浄瑠璃ですね。素浄瑠璃を主体として、現代に残っている分野は、古曲を除けば新内節のみで、ほかの流派の場合、歌舞伎や人形浄瑠璃、日本舞踊など、何かしらの視覚的なものとの結びつきが強いです。
新内節が現代まで残った理由としては、映像化しやすい音楽であることが大きいと思います。視覚的なものから離れたので、それがなくても情景や状況がわかるように音楽性が育まれました。だからこそ映像化しやすいわけですね。また、新内流しも大きな要因といえるでしょう。宣伝と修行を兼ねて新内流しを街中でやっているとお客さまから声がかかり、そこでお座敷に上がって演奏するという、お客様との距離が近いのも新内節ならではのスタイルです。文化・文政の頃から爆発的にヒットし、当時は新内流しだけで生計が立てられたほどです。武家の次男や町人までも新内流しをしたといいますから、どれほどの人気ぶりだったかわかります。新内流しは「吉原かぶり」という手拭いをかぶるのですが、男性は髷の形で身分がばれてしまうので、それを隠すために手拭いをかぶったとも言われています。
当時起こった事件なども曲にしたので、父(新内仲三郎氏)はよく「昔の新内節は今でいう週刊誌の役割をしていたのではないか」と言っています。新内の代表作とされる「明烏夢泡雪」は、実際に起きた心中事件をもとにしたものですしね。現在は新内流しを実際に街中で行うことはありませんが、深川江戸資料館では私が隔月で新内流しを再現しています。
多賀太夫さんが新内節を始めることになった経緯をお聞かせください。
物心ついた頃から、うちが三味線をやっているということはわかっていました。4~5歳くらいのときでしょうか、ある旅館に行った際、入口付近で三味線の音が聞こえてきました。そばには竹藪があって、笹の葉から光がこぼれていて、その情景と三味線の音色の組み合わせに、子どもながら鳥肌が立ちました。そして自分から父に「三味線を教えてください」と頼みました。後から知ったのですが、そのとき聴こえてきた三味線は、父が演奏したものだったそうです。
以来、ずっと三味線は続けて演奏活動もしていたのですが、高校が進学校だったもので、自分も大学で法学部に進みたいと思っていました。先生から将来何をやりたいかと聞かれ、周囲が弁護士だとか税理士だとか言っている中、同じようなことを言っても面白くないなと思って冗談半分で「三味線をやります」と言ったところ、先生から「三味線やって何になるの」と言われたんです。それでスイッチが入りました(笑)。進学校だから国立に受かればいいだろう、ならば藝大を受験しようと。ところが新内が実技試験の選択肢にないことがわかり、慌てて常磐津節を習って受験しました。その後、藝大の大学院にも進んだのですが、前期で提出した「琴(箏)を通した上調子の発生と発達」という論文の結論が締め切り2週間前にまさに「降りてきて」(笑)、そこからその根拠となる資料などを集めて必死にまとめました。大急ぎでまとめてしまったこの研究にもう少ししっかり取り組みたいと思い、後期課程にも進むことにしました。
大学・大学院で学んだことで、新内を客観的、俯瞰的に見られるようになりました。修士の入学試験では自分の専門だけでなく音楽史全般をやらなくてはいけないのですが、それもよかったと思います。新内節は口伝で教わるものなので、下手すると特異性や特質性ばかりが磨かれて偏りかねないというリスクがあります。新内としての特徴があるのは結構ですが、「基(もと)」を忘れてはいけないと思います。基がある上で特徴があるのですから。基本に帰れるもの、それが私にとって学問・研究でした。
新内節の魅力とはどのようなところにあるとお考えですか?
やはり映像化できる音楽であることでしょう。師匠から教えていただいた芸や表現を守り、深く考察した上で、これを映像化するにはどうしたらよいか、演出家や役者といった役割をひとりで担ったような感覚で、映像化した表現をおみせできるというのが最大の魅力だと思います。
多賀太夫さんは他ジャンルや創作への意欲的な取り組みが評価されているほか、子どもたちへの普及活動や作曲などにも精力的に取り組まれていますが、どのようなお考えがおありなのでしょうか?
邦楽をされる若い方も見にいらっしゃる方も少なくなっているので、邦楽に触れる機会を少しでも増やしたいと、ほかのジャンルの方と共演したり作曲を手がけたりしています。子どもにもまずは見ていただく機会を作る必要がありますが、新内節は恋愛ものが多いものですから、もっと子どもが楽しめる作品があったほうがいいと考えました。そこで『かちかち山』のような子ども向けの作品作りにも力を入れています。それが入口となって新内に興味を持っていただけたらうれしいですね。
作曲した曲はすでに300を超えています。新作があっての古典なので、新作は伝統を継承していくうえで欠かせないものだと思います。作曲する際に心がけているのは、人間の普遍的なものを扱うこと。『かちかち山』もうさぎのちょっとずる賢いんだけど憎めないかわいさとか、たぬきも性悪なのにドジで憎めないとか、人に当てはめてもそういう人って普遍的に存在していますよね。私は人間の本質の部分が作品となって伝わることが好きなので、そういう作品づくりを心がけています。
他ジャンル・創作も含めて、今後どのように活動の幅を広げていかれるのでしょうか。
新内も当初はお芝居などと組んで視覚的要素と結びつき、そこから音楽だけに特化していきました。そこであえて原点に返り、映像とのコラボが実現できたらと考えています。現代ならではの新たな発見や化学反応が起きたらうれしいですね。
邦楽演奏会では第1部で『かちかち山』を演奏されますが、見どころや聴きどころなどを教えてください。
登場するうさぎとたぬきが日常にいそうなキャラクターなので、動物を見ながら人がはっと気づかされたり、改めて「人ってそうだよなぁ」と思ったりされるような伝え方ができたらいいなと思っています。子ども向けの作品ではありますが、子供だけに向けたわけではなく、大人が聴いても飽きないようなものにしたいと思っています。
邦楽初心者が公演に行く前に知っておいた方がより楽しめるといったことはありますか?
『かちかち山』のあらすじを予習してきていただけると、それぞれの方に「こういううさぎさん」「こういうたぬきさん」というイメージができると思います。それと私の出すキャラクター性がリンクするのか、あるいはまったく違うのか。そこが面白さのひとつだと思うので、あらすじを知った上で鑑賞される楽しさはあるでしょう。とはいえ、話の内容をまったく知らなくても今回はわかるようになっているので、どちらでも大丈夫です。
邦楽演奏会を楽しみにしている方々に一言お願いいたします。
邦楽演奏会は今活躍されている邦楽の演奏家の方たちがたくさん出られますし、さまざまな分野の音楽が聴けます。老若男女どなたも楽しめる会ですので、ぜひみなさんこぞってお運びいただけたら幸いです。
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