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日本バレエ協会公演『ライモンダ』全幕 稽古場訪問&インタビュー
エリダール・アリーエフ
エリダール・アリーエフさん
1957年、アゼルバイジャンのバクーに生まれる。同地の舞踊学校を経てマリンスキー劇場キーロフ(当時)バレエ団に入団、1979年から1992年までプリンシパルとして多くの作品に主演、また同団以外でも各国のバレエ団に招かれて客演。1992年に渡米、1994年よりインディアナポリス・バレエ劇場バレエ・インターナショナルの芸術監督に就任、多くの古典作品を振付けた。2011年にハンガリー国立バレエ団の芸術監督を務めた後、2015年よりウラジオストクのマリンスキー劇場プリモルスキー分館オペラ・バレエ劇場のバレエ・マスターに就任、現在に至る。日本でも谷桃子バレエ団ほかで振付を担当している。
日本バレエ協会公演『ライモンダ』全幕
日本バレエ協会の公演では、普段は異なるバレエ団で活動しているダンサーが日本各地から集い上演されます。
日本では前回、谷桃子バレエ団で演出・振付をしましたが、バレエ団単位でないプロダクションにかかわるのは初めてです。今回のようにいろいろなバレエ団からダンサーが集まるスタイルは、まとめるのは難しく大変ですが、それ以上に、ひとつのアンサンブルにしていく面白さがあります。ダンサーのみなさんには、私が何をしたいのかをしっかり理解してもらうことを重視しています。このことは今回のようなプロダクションに限らず、どの公演でも同じです。
今回のアリーエフ氏による新振付・演出について教えてください。
『ライモンダ』の振付・演出というお話をいただいてから、あらゆるバージョンの『ライモンダ』を観ました。オリジナルはマリインスキー劇場が初演した、マリウス・プティパによる振付です。プティパの原振付は、伝統として残す部分は残すべきだと考えました。新たな解釈を加え変更したのは物語のあらすじです。私のバージョンでは、主役の伯爵令嬢ライモンダは婚約者である騎士ジャン・ド・ブリエンヌが戦地に行く前に、一度会うという設定にしました。従来のバージョンでは二人は会わないのですが、会うことでよりストーリーがわかりやすくなり、舞台で何が起きているのかがお客様にも明確に伝わります。また、ライモンダはサラセン人の首長アブドルラクマンを、まず夢の中で見るようにしました。そしてその後の2幕で実際に本人を見ることで「私はこの人を知っている。夢の中で起こったことが現実になってしまった。」という流れにつなげました。
私にとって最も大切なことは、舞台の上で起きていることをお客様に理解していただくことです。「何が起きているのかわからない」と言われるのが一番不安ですね。だからこそ、私の手がける作品では『ライモンダ』に限らず、本筋は変えないまま、わかりやすいあらすじにアレンジします。
お客様を惹きつけるというのは非常に大変なことです。ほんの些細なことでお客様は離れ、劇場から足が遠のいてしまいます。私が目指しているのは、一度劇場でバレエを観た方が、それをきっかけに繰り返し足を運んでくださるようになることです。もう一度観たいと思っていただくために、最上の舞台をお見せしたいと常に考えています。ダンサーによる優雅かつダイナミックな踊り、美しい衣装、オーケストラの奏でる音楽、様々なエフェクトが集まって成り立つのがバレエという伝統的な総合芸術なのです。
日本人ダンサーについてどう思われますか?
ウラジオストク・マリインスキー劇場には日本人のダンサーがたくさんいます。私は日本人のダンサーがとても好きなんです。芸術に対して「尽くす」姿勢は素晴らしく、仕事にも真剣に取り組み、こちらの「こうやって欲しい」という要望を的確に理解してくれます。日本人のようにやる気と情熱のあるダンサーはそうそういないので、とても貴重な存在です。日本にはバレエの学校がなく、ロシアとはダンスのスタイルが違うところもありますが、それゆえに日本人ダンサーを育てることができるのは嬉しいですし、一緒に踊れることにも喜びを感じます。
日本人ダンサーは体格の上でハンディがあるのではないかとの問いですが、そのようなことはまったく感じません。時代と共に体型も変わり、どんどんスタイルも良くなってきていますね。ロシアでも変化が見られます。かつてはスヴェトラーナ・ザハロワとかウリヤーナ・ロパートキナのように背が高いことが求められましたが、イリーナ・コルパコーワは小柄ながらロシアのスターになりました。同時に、テクニックや舞台上のしぐさなどもその時代ごとに変わってきました。だから伝統芸術は面白いのです。バレエはその場所にとどまっているものではなく、どんどん前へと進んでいく芸術なのだと思います。
ロシアでは、小さい子どもからお年寄りまで、人々の生活の中にバレエをはじめとする舞台芸術が根差していると聞きます。
ロシア革命からのこの100年、ロシアでは状況がどんどん変わりました。しかしいかなる政治体制においてもバレエという芸術の大切さが理解されていたため、バレエはいつの時代もその権力の下に存在し残ってきました。そしてバレエを観に来るお客様も、いつの時代でも常にいました。私も小さい頃に通っていた学校で、授業の一環としてよく劇場に行っていました。そしてバレエやオペラなどの芸術に触れる機会を得ました。子ども用のプログラムもあるので、それも楽しかったですね。子どもというのは、自分で劇場に行くわけではありません。大人が連れて行くことで、初めて劇場におけるさまざまな芸術に出会うことができます。私も小さな頃からそういう機会があったことに感謝しており、だからこそ、大人が子どもを劇場に連れて行く必要性を強く感じています。
アメリカのとある調査によれば、幼少時に芸術に触れる機会のあった子どもとなかった子どもでは、成長すると人間性に違いが出てくるという結果が出たそうです。芸術に触れた子どもほど面白い人間に育つとのことでした。しかし残念ながら、近年ロシアではチケットがとても高額になり、劇場の敷居が高くなってしまいました。昔はとても安く、誰もが劇場で芸術を楽しむことができたのですが、今は到底かないません。それがちょっと寂しいですね。
観客のみなさまへメッセージをお願いします。
『ライモンダ』は同じ古典バレエでも『ドン・キホーテ』や『白鳥の湖』ほど有名ではなく、上演される機会もあまり多くありません。だからこそ、今回の公演をぜひ観ていただきたいと思っています。私の手がける新しい振付や演出により、従来の『ライモンダ』よりもわかりやすい構成になっています。『ライモンダ』がみなさまの琴線に触れ、また劇場でバレエを観たいと思える「バレエに戻ってくる」きっかけになれば嬉しいですね。
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