オフィスコットーネプロデュース『漂泊』
インタビュー
俳優 市毛良枝さん

市毛良枝(いちげよしえ)

文学座附属研究所、俳優小劇場の養成所を経て、1971年、テレビドラマ「冬の華」でデビュー。
以後、映画、テレビ、舞台と幅広く活躍。 40歳から始めた登山が趣味であり、最近では登山の経験をいかした執筆活動や講演会なども行う。
登山をきっかけに環境問題にも関心を持ち、99年には環境省の環境カウンセラーに登録された。その他、特定非営利活動法人日本トレッキング協会の理事を務める。
主な出演作に、テレビでは「ヤンキー母校に帰る」(03)、「富豪刑事」(05)、「ブルドクター」(11)、「結婚しない」(12)、「鴨、京都へ行く。」(13)など多数。
映画では「ぼくとママの黄色い自転車」(09)、「ゼロの焦点」(09)、「岳-ガク-」(11)、「臨場・劇場版」(12)、「大奥~永遠~」(12)、「神様のカルテ2」(14)など。

  

『漂白』のテーマやストーリー、市毛さんの役柄についてお教えください。

どこにでもあるようなごく普通の家庭に、ある日、一人の男が紛れ込んだことからストーリーは展開していきます。人って誰でも自分のことを"普通"と思っているようなところがあると思いますが、本当に普通なのか? という疑問を突き付けられる話ですね。そう聞くと難しいお芝居なのかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。シリアスな中にも、つい笑ってしまうようなコミカルさもあるお芝居になっています。私は、その普通の家庭の普通の主婦の役です。

見どころはどういったところにあるのでしょうか?

見ている方は、舞台の上のごく普通の家庭に、いつしか自分が上がり込んでいるような感覚に襲われるのではないでしょうか。そして、自分でも知らなかった自分が暴かれていく怖さを感じるかもしれません。私自身、演出の田村孝裕さんがその男役となって突然私の日常を暴きに現れたのではないかと思っているほどです(笑)。

市毛さんは20年ぶりの舞台ということですが、意気込みをお聞かせください。

意気込みも何も(笑)。実は、目の前にお客様がいる生の舞台は苦手だったんです。けれども、登山を始めてから徐々に考え方が変わり、舞台のお話もいただいたら前向きに考えようと思い始めた矢先の、しかも突然のことでした。ですから、おっかなびっくりの状態で、まずはプロデューサーや演出家のお話を聞いたわけですけれども、お請けするともしないとも言わないうちに巻き込まれてしまった、という感じです(笑)。

共演者の方々とは、どんな雰囲気で稽古をされているのでしょうか?

舞台に関しては、皆さん数多くこなされている方々ばかりで、いい雰囲気ですね。私の夫役である小林勝也さんは、俳優としての先生ともいえる存在です。以前、ドラマでご一緒したことは何度かありましたが、まさか夫婦役をするとは思ってもみませんでした。稽古場で初めて再会した時の勝也さんの第一声も、「びっくりしたよ!(舞台に戻るのは)遅すぎだけど、まあいいからがんばろう」でした(笑)。

生のお芝居の魅力とは、どういったところにあるとお考えですか?

演じ手と観客がリアルタイムで同じ空間を共有しているということは、双方にとってこれ以上の贅沢はないのではないかと思います。特に今回の劇場は舞台と客席が近く、見ている方には役者の心の動きが手に取るようにわかるのではないかと思います。

市毛さんといえば、登山がご趣味であることが知られています。登山は、女優業にどのような影響がありますか?

実は、1971年にTBSテレビのドラマ『冬の華』でデビューしてから、「いつ辞めようか」と思いながらこの仕事をしてきました。どこか自分には向いていないという思いがあったんですね。というのは、いわゆる"芸能人"に求められる虚像をつくることに、とても違和感があったからです。今は、自分のプライベートや過去を赤裸々に話す人も増えましたけれど、以前はそんな実生活はオブラートにくるんで隠し、憧れの世界にいる存在というイメージを維持しなければなりませんでした。そんな世界に馴染めなかった私が登山と出合って、等身大の自分でいられる世界を得ることができたのです。汗みどろになって山を登り、石ころだらけのところにテントを立てて寝る。そこでは肩書に関係なく誰もが一人の人間としていられるんです。そんな世界ができたので、逆に女優業の世界はある程度の虚像の自分でもいいかな、って思えるようになったんですね。それに、こんな自分でも長続きが簡単ではない芸能界で40年も続けることができた、ならば自分からやめるというのはもったいない、って。

登山は市毛さんにとってかけがえのないものなんですね。

山って天気が変わりやすいでしょう? たとえば暗い雨雲が垂れ込めている中、登っていくと、頂上でサーッと雲が引いて太陽の光がパーッと差し込んでくるわけです。ワクワクして足取りも軽くなるんですね。でも、それって実は舞台で幕がサーッと開いて客席がパーッと見えるのと同じなんです。さあ、お芝居をやろうという気持ちが高揚する。最近になって登山もお芝居もある意味同じなのだと気づきました。ああ、どっちもこれが好きなんだ、と思っているところです。

都民芸術フェスティバルの意義について、どのように感じていらっしゃいますか? また、今回はどんな成果が上がればよいと思われますか?

実は都民芸術フェスティバルについて、これまで存じ上げなかったのですが、開始当初の1968年頃は私も都民でしたし、「観客層の裾野を広げる」という主旨の恩恵に浴している一人だと思います。こういったフェスティバルがたくさんある海外に比べて、日本には少ないですよね。貴重な催しだと思います。今回、しばらく舞台に縁がなかった私が出演することで、少しでもこれまで生のお芝居を見たことがない方に劇場へ足を運んでいただければと願っています。