第55回 式能
インタビュー
能楽師 観世喜正さん

観世喜正(かんぜよしまさ)

1970年、三世観世喜之の長男として生まれる。
1973年、仕舞「老松」にて初舞台。
公益社団法人能楽協会理事、公益社団法人観世九皐会理事。国内外の公演に多数出演するほか、謡曲のCD化、能公演のDVD作成など能楽教材のソフト化にも積極的に取り組む。
「のうのう能」、「喜正の会」主宰。「能楽・神遊」、「能の旅人」同人。法政大学大学院、皇学館大学非常勤講師。シンガポール I.T.I講師。
「第55回式能」では第一部の『翁』千歳で出演。

  

今回上演される「式能」とはどのような公演なのでしょうか?


「第51回式能」より『翁』シテ:観世清和
©能楽協会(撮影 青木信二)

「式能」とは、将軍の就任など公式の儀式の際に上演される能楽のことです。まず、別格に扱われる祝言曲である『翁』を上演した後に、5曲の能を上演します。これを「五番立て」といいます。能と能の間には4曲の狂言を上演しますから、全部で10曲ということになります。ほぼ1日がかりとなりますが、これがフルサイズの正式な能楽であり、「式能」の最大の売りであると思っています。

狂言は親しみやすい一方、能は難しいという印象があります。能楽の魅力とは、どういったところにあるとお考えでしょうか?

能と狂言は必ずセットで上演されて「能楽」となります。まず能ですが、平安時代には「猿楽」といって、寺や神社の祭礼の際、奉仕役の役者が面をつけ、神に成り代わって天下泰平や五穀豊穣を祈った演芸が基になっています。これを観阿弥・世阿弥が演劇に仕立てたものが能です。世阿弥は著書で「ただ流行ればいいというものではなく、歴史や古典文学に依拠した骨格のしっかりした筋書の台本をつくることが重要」といった主旨のことを述べています。実際に世阿弥は、和歌などの古典文学を能に仕立てたことで、後世に残る味わい深い演劇を成立させたわけです。ただし、当時の身分の高い人が理解できる高尚な文体を用いているといった面があり、古文に触れなくなった現代においては難解なものというイメージがあるのは致し方ないかもしれません。半面、だからこそ古典の持つ響きや当時のままの舞いの所作に、いにしえを偲ぶ魅力があるのではないかと思っております。
一方、狂言は主人と家来の関係や夫婦関係など身近な題材をテーマとしており、ストーリーも笑いを意識した親しみやすいものとなっています。シリアスな能とコミカルな狂言が相互に展開されるところが、能楽としての魅力といえるでしょう。

今回、初めて能楽を見る人のために、どのように楽しめばよいかアドバイスをお願いします。

今回上演する曲は、『源氏物語』の葵の巻を題材にした『葵上』など、古典に親しんだことのある方なら馴染み深いものばかりで構成されています。『葵上』では、嫉妬に燃えた六条御息所が般若の面をつけ、葵上に取りついて恨み殺してしまうわけですが、般若は男の裏切りによって鬼となった女性の姿を表します。こういった状況設定は、現代人も楽しめるのではないかと思います。
当日は演目のストーリーが書かれたパンフレットもご用意していますので、それを事前に頭に入れておくとより理解しやすくなるでしょう。また、能楽には多くの約束事やしきたりがありますので、できればそれを予習しておいていただくと、「次はこういう展開になる」といったことがわかりやすくなると思います。

能楽はユネスコの無形文化遺産として登録されました。日本を代表する古典芸能を継承することは非常に重要な問題だと思いますが、どのような状況になっているのでしょうか?

私は、能楽師の家系に生まれましたので、幼いころから親の命令で否応なく能楽に関わり(笑)、子役として舞台に上がるなどしてきました。大人になって、能楽を次世代に継承する責務の重大さを実感していますが、そういった思いは人それぞれかと思います。実際に、こうした家系に生まれても能楽師になることを選ばない人もおります。 一方、能楽界は広く門戸を開放しており、観世流の場合は外から入ってプロの能楽師となる人も今では多くいます。観世流では、そういった人のために5年間は師について修業を積み、上達が認められればプロに認定するカリキュラムを用意しております。また、国立能楽堂でも、楽器を演奏する囃子方やワキ方、狂言方を育成する制度を設けています。 なお、能楽の世界では「終生、稽古が必要」といわれており、どういう状態になれば完成、といった概念はありません。

そんな能楽を現代の人に親しんでもらうために、どういった工夫をされているのでしょうか?

従来、能楽は粛々と始まり粛々と終わるので、初めて見る方には不親切という一面がありました。それがとっつきにくさにも繋がっていると思います。そこで、解説文を用意したり、外国語に対応させたり、200曲ほどある中でできるだけ親しみやすいものを選ぶといった工夫をする会を試みています。一方、「若い人にも受けるようなストーリーの新作をつくればいい」といったご意見も頂戴します。もちろんそれも一案とは思いますが、能楽の本来の魅力はやはり古典を味わうことにあるわけですから、そういった新作をどこまで受け入れるのかはなかなか難しい問題があるのではないかと思っております。