椿組主宰外波山文明さん、脚本・演出鄭義信さん、俳優井上カオリさんにインタビュー
椿組「キネマの大地ーさよならなんて、僕は言わないー」椿組主宰外波山文明さん、脚本・演出鄭義信さん、俳優井上カオリさんにインタビュー
椿組「キネマの大地ーさよならなんて、僕は言わないー」昨年、39年続いた新宿の花園神社野外劇の公演に幕を閉じた椿組の2025年春公演。脚本・演出は椿組と付き合いの長い鄭義信さん、キャストにはこちらも椿組の作品と長年関わってきた準劇団員が加わり、観る前から心が躍る作品となりました。椿組主宰の外波山さん、キャストの井上さん、そして鄭さんにお話をうかがいました。
外波山文明(とばやま ぶんめい)
1967年演劇集団「変身」入団。街頭劇、野外劇を経て 1971年「はみだし劇場」旗揚げ。1986年新宿花園神社にて立松和平作「南部義民伝」野外劇を始める。椿組主宰。夏の新宿花園神社野外劇と下北沢の劇場でのプロデュース公演を中心に他の劇団への客演 映画・テレビドラマ・アニメ声優等多方面で活躍。新宿ゴールデン街の理事も務める。
鄭義信(ちょん うぃしん)
1987年に新宿梁山泊の旗揚げに参加。1993年「ザ・寺山」で第38回岸田國士戯曲賞を受賞。映画にも進出し、「月はどっちに出ている」「愛を乞うひと」(共に脚本)で数々の映画賞を受賞。舞台『焼肉ドラゴン』では第8回朝日舞台芸術賞グランプリなど数々の演劇賞を総なめ、2018年には映画化され初監督を務める。2021年新劇団ヒトハダを旗揚げ。2014年春の紫綬褒章受賞。
井上カオリ(いのうえ かおり)
1995年加藤健一事務所俳優教室入所、1998年より劇団椿組所属。同年花園神社野外劇「小さな水の中の果実」に初出演以降、「花火、舞い散る」「黄金の山「新宿番外地」「ささくれリア王」「新宿ジャカジャカ」「ささくれリア王」「天保12年のシェイクスピア」などほぼすべての椿組公演に出演。海外ドラマの吹き替えでも多数の作品に出演している。
──「キネマの大地ーさよならなんて、僕は言わないー」はどのような作品なのでしょうか。
外波山:舞台は終戦まで実在した満州映画撮影所(満映)です。そこでは毎年大量の映画が制作されていて、1944年になるとかなり本数は減っていたものの、まだ日本から赴いたスタッフや監督、役者、そして現地で雇用した中国人たちと一緒に映画を撮っていました。彼らは風習や信条、宗教、文化などさまざまな相違からいろいろ衝突もするのですが、それでも映画を作るという同じ目的に向かって進みます。戦争という非日常の世界の中にも人々の日常はあって、怒ったり笑ったりしながら日々を暮らしている、そんな生活も描いています。そして終戦によってみんな離れ離れになりますが、それは新たな出発でもあるという、再生の物語でもあります。登場人物はモデルらしい人がいる人もいますが、基本的に鄭さんの創作です。満映を舞台にするのも鄭さんが提案してくれました。
鄭:物語のメインになるのは助監督の張凌風、新しく入った撮影監督の池田五郎、そして脚本家の王国慶という3人の群像劇ですが、他にも映画のスタッフたち、俳優たちが繰り広げる群像劇です。
満映が中国映画史の中で果たした役割は非常に大きいもので、今でも巨大な撮影所が残っていますが中国映画史ではその事実に触れることはなく、独自に映画の歴史を作ってきたという体になってます。
井上:私は衣装さんの日本人の役で出演します。この衣装さんが「にぎやかし」といいますか、はっちゃけた感じのキャラなので、稽古でも「そんな暴言、吐いていいのかしら」と思いつつ楽しんでいます。
外波山:今回はひとりの主役をまつり上げるのではなく、チームワークの芝居です。僕がプロデュースする最後の作品になるので、キャストは劇団員のほか、うちの作品によく出てくれる準劇団員のメンバーで組みました。比較的若い人たちが中心になっているので、彼らのエネルギーが明日の椿組を築いてくれるといいなという思いもあります。
──今回、脚本・演出を鄭さんに依頼された経緯をお聞かせください。
外波山:椿組は1971年の旗揚げから半世紀以上が経ち、花園神社野外劇も39年続けてきました。しかし僕を含めたスタッフの高齢化、テントの老朽化、法令の厳格化などにより、2024年夏の公演で花園神社野外劇は幕を閉じました。そして、これまで椿組の公演はすべて僕がプロデュースしてきたのですが、この公演を最後に、今後は劇団員全員のプロデュース体制にして世代交代することとしました。では最後に誰にお願いしたいかと思ったとき、鄭さんに「最後、ぜひ一緒にやってください」とお願いしたところ、快諾してくださった次第です。
井上:私も椿組の作品に初めて出てから、気づけば20年以上経っています。最初は劇団員として関わっていたわけではなく、たまたまご縁があって出演した形でした。だから周囲にも「劇団員じゃないです」と言っていたのに、次第に大変な苦労をして自分たちで野外セットを組み立て、本番で立つ場所を自身で作り上げることを誇らしく思うようになっていきました。「なんでこんなことまでしなくちゃいけないんだろう」という気持ちが充実感に代わってからは、もう椿組から抜けられないなと思いましたね。作品も毎回脚本・演出家が違うしゲストのキャストもたくさんいらっしゃるので、いつも新鮮です。役もそのつどまったく違うので、これだけいろいろな経験をさせてもらえる劇団はなかなかないのではと思っています。
鄭:この作品で一番訴えたかったのは戦争の不条理さですが、娯楽作品としても楽しめるものにしたいと考えました。ですから大上段に構えて訴えるのではなく、笑って観ながら戦争というものについてちょっと考えていただければいいかなということを意識しました。
──ぜひ注目して欲しいシーンなどはありますか。
鄭:水を使うシーンがあるので、そこは注目していただきたいですね。水をどこまで使えるかがミソです。
外波山:野外劇なら水なんか使い放題でやりますけど、劇場の4階でどこまでできるか(笑)。楽しみにしていてください。あと舞台上のことではないのですが、ポスターのタイトルとイラストを描いてくれている黒田征太郎さんは、なんと半世紀前から全作品を担当してくれています。「お前がやる限り俺が描く」と、今回もたくさんのパターンを描いて「好きなものを使っていいよ」と言ってくれました。本当にありがたいことです。そして主題歌を歌ってくれる山崎ハコさんも、かれこれ10年ほど公演のたびにお願いしています。もしかしたら今回は僕らもコーラスでちょっと入るかもしれません(笑)。
──鄭さんや井上さんにとって椿組と外波山さんはどのような存在でしょう。
鄭:椿組とは30年ほどのお付き合いになるので、当然ながら外波山さんとも信頼関係があります。ですから今回お声をかけていただいたとき、これまでのご恩に報いたいという思いもあり即断しました。とはいえ、今後も呼んでいただければもちろん喜んで行きます。若い世代による新生椿組がどんな方向に進んでいくのかも興味があるので、普通に一般客として観に行くこともあると思います。常に応援する存在であることは今後も変わらないです。
井上:新たな体制に移行するとなって、初めて外波山さんがやってきたことがどれだけすごかったのかということを劇団員一同実感しています。外波山さんが一人でこなしてことを今は複数名で分担しているのですがそれでも大変で、こんなことを何十年も一人でやっていたとは……。ただただ頭が下がる思いです。ただ役者としてはまだまだご活躍いただきたいですから、そこは引き続きどうぞよろしくお願いしますと思っています。
──この公演後、外波山さんは椿組とどのように関わっていかれるのですか。
外波山:一人の役者として参加します。それはそれで楽しみですね。
──都民芸術フェスティバル公式サイトをご覧のみなさまへメッセージをお願いします。
外波山:椿組の2025年春公演、「キネマの大地―さよならなんて僕は言わない。―」、脚本・演出鄭義信、主題歌山﨑ハコ、新宿のシアタートップスで上演します。満州にあった映画製作所を舞台に、日本と中国の混合チームで作り上げた満州の映画撮影風景を中心とした青春群像劇です。エンターテインメントとして肩ひじ張らずに楽しく見ていただけるお芝居ですので、ぜひ観にいらしてください。