長唄佐門会唄方 杵屋佐喜さん、三味線方 稀音家六四郎さんにインタビュー
第54回 邦楽演奏会長唄佐門会唄方 杵屋佐喜さん、三味線方 稀音家六四郎さんにインタビュー
第54回 邦楽演奏会多彩なジャンルの邦楽を一度に鑑賞できる貴重な機会である「第54回 邦楽演奏会」。第一部、第二部に出演される長唄の唄方、杵屋佐喜さんと三味線方の稀音家六四郎さんに、演奏会や作品の紹介からこれからの長唄への思いまでお聞きしました。
杵屋佐喜(きねや さき)
1983年、東京生まれ。7代目佐𠮷の次男。幼少より祖父・五世杵屋佐𠮷に三味線、人間国宝・杵屋佐登代に唄の手ほどきを受け、6歳で国立大劇場にて初舞台。玉川大学芸術学科声楽専攻卒業。第11回アジアクラシック音楽コンサート新人賞受賞。2002年、父の前名である佐喜の名を三代目として襲名。長唄の唄方として全国各地の演奏会などに出演。
稀音家六四郎(きねや ろくしろう)
1986年、江戸末期から続く長唄三味線の名門・稀音家に5代目稀音家六四郎長男として生まれる。2018年、6代目稀音家六四郎を襲名。 国立小劇場にて「五世 稀音家六四郎追善・六代目 稀音家六四郎襲名披露 長唄演奏会」を開催。以降、演奏に後進指導にと精力的に活動し、華麗な技巧とゆかしき味わいを備えた演奏で支持を集める。
──第54回邦楽演奏会のご紹介をお願いします。
杵屋:邦楽演奏会は長唄、義太夫節、新内節、常磐津節、清元節、河東節、小唄といった唄から薩摩琵琶、お琴、三曲など、多種多様な日本の音楽が一堂に会するコンサートです。私たちもこれまで何度も出演させていただいていますが、これほど多様なジャンルが集まる機会はそうありません。人間国宝から若手、中堅までいずれも実力派ぞろいの出演者が、今回のテーマである「水(川、海、雨、雪)」に関わる曲を披露します。日頃から邦楽に親しんでいる方はもちろん、初心者の方にも邦楽の入口として最適な演奏会です。
──おふたりが第二部で披露される「巽八景」のご紹介をお願いします。
杵屋:江戸時代、江戸城から見て東南、つまり「辰」と「巳」の方角にある深川は「巽」と呼ばれていました。ですから「巽八景」は、深川の情景を唄った曲です。当時の深川は参詣地、行楽地、そして歓楽街でもありました。そこで深川のにぎわう情景や美しい景色、そこにいる女性の姿、男女の色恋の様子などを唄いあげた粋な曲です。打楽器のお囃子が入らず、三味線の品のいい音色と唄だけというシンプルな編成で、そこに深川に生きる女性たちのたくましさ、たおやかさ、しなやかさを伝えたメロディーが乗ると、まさに今回のテーマである「水」のように流れる響きをお聞きいただけると思います。
聴きどころとしては、細棹三味線が表現する、隅田川の流れやそこを行き交う人々のにぎわい、でしょうか。六四郎さんはじめとする三味線方がいい音を響かせてくれますので、私もその音色に乗って、深川の情景を品よく粋に唄いたいと思っています。
──長唄で使用される三味線についてご紹介ください。
稀音家:三味線は棹の太さが太棹・中棹・細棹の3種類あります。棹と音の重厚さは比例していて、太棹は津軽や義太夫など、中棹は地唄や民謡など、そして細棹を用いるのが長唄です。一番細い棹の三味線を使うのは、長唄には高音パートが非常に多いからです。細棹三味線でなめらかに弾くというのはかなり難易度が高く、しかもダイナミックに弾かなければいけません。高音イコールか細いということではないので、「なめらか」と「ダイナミック」という相反する音を自在に奏でるのは、プロでもなかなか難しいものがあります。日々精進ですね。
──杵屋さんが学生時代、邦楽ではなく声楽を専攻されたのはなぜでしょう。
杵屋:父方は代々長唄の家系だったので幼少時から三味線などお稽古はしていましたが、母はジャズピアニストだったので、僕にとっては和洋の区別はなく「音楽」というくくりでした。その中のどの道に進むとしても、歌うことのプロになるならば基礎から学びたいと思い、選んだのが声楽です。そして西洋音楽を学ぶほど、自分が日本の音楽をあまりに知らないと気づかされました。長唄の家に生まれながらそれは恥ずかしいことだと痛感し、日本の音楽を学びたい、長唄の道に進みたいと思うようになったのです。
西洋音楽を学んだことは唄方として大いに役立っていて、技術的なことはもちろん、作品に向かうプロセスや心情描写など、すべてに学びが生きています。
──唄方として、三味線方としてのやりがい、達成感、そして難しさはどのようなことでしょう。
杵屋:僕自身がある歌手の歌声を聴いてこの道に進もうと決めたこともあり、声の力によって舞台全体が共振するというか、お客様から醸し出される得も言われぬ空気が伝わってきたときはやりがいや達成感を感じます。また、長唄は一人ではできない音楽ですから、その分大変なことも増えますし責任も大きくなりますが、だからこそチームワークよく演奏できたときは気持ちがいいですし、大きな喜びでもあります。特にコロナ禍を経て、自分はみんなで音楽を演奏している時間が本当に好きなのだと改めて実感しました。
稀音家:ひとつの仕事が無事に終わると、そのたびに達成感というかほっとします。みんなで一生懸命音を合わせて練習し本番に臨むのですが、本番中に三味線の皮が破けたり糸が切れたりといったアクシデントが起こることもあります。その時にいかに動揺せず乗り切るか、そして最後まで全員の音が揃った演奏ができるかが大事ですね。また、タテ三味線は指揮者でありコンサートマスターでもあります。タテ三味線の掛け声ですべてが始まりますので、まとまらない場合はタテ三味線の責任です。プレッシャーもありますが、ぎりぎりのところを攻めた結果、息の合ったいい演奏が導けたときの達成感は大きなものがあります。
──お互いどのような唄方、三味線方と思われていらっしゃいますか。
稀音家:佐喜さんは歌舞伎に行っても踊りの会に行っても必ずその場にいるような人気者で、なおかつご自分の流派である佐門会のことも常に考えてらっしゃる、尊敬する先輩です。何度もご一緒させていただいていますが、すごく弾きやすく唄ってくださるので、こちらも思いきり弾けます。
杵屋:先代の六四郎さんが急逝され、六四郎さんが家元を継がれたのが33歳のときです。下積みからちょっと抜けたくらいの年代で全国の一門を背負うことになり、心細かったと思いますし、大変な苦労をされてきたと思います。けれど今では立派に一門を背負って活躍されていらっしゃいます。心から尊敬していますし、頼りになる同世代の大切な仲間ですね。豪快な音色や掛け声がどんどん先代に似てきて、懐かしさも覚えます。
──より多くの若い人に邦楽の魅力を知ってもらうためには、どんなことが必要だと思われますか?
杵屋:まず、僕ら演者が伝統芸能という言葉にあぐらをかかないこと。そしてお客様ファーストであること。さらに長唄で変えていいこと、変えてはいけないこと、変えなければいけないことという3つのバランス感覚を、正しく持つことです。先人への敬意と作品を残してくださった感謝はそのままに、高い芸術性を犠牲にすることなく、その上で時には一過性のエンタメ要素を取り入れることも必要だと感じています。歌舞伎はアニメやゲームを題材にした作品を生み出すことで、新たなファンも獲得しました。長唄にもそれくらいの思いきりがあっていいと思います。時事ネタを取り入れるのもよし、3分で聴ける長唄もよし。そもそも江戸時代の長唄はJ-POPのカテゴリーですから、今の時代だってそれでいいですよね。
稀音家:長唄は100年前の曲を「新曲」と言うくらい、新しい曲が出てきていないんです。それに「長唄」というくらいですから1曲が長いこともネックになり、サブスクにも音源がないのが現状です。要は商品棚に並んでいないから、手に取りようがないという状態ですね。これでは長唄を聴いてみようかなと思ってくれた若い人を、みすみす失っているようなものです。流行する新曲、しかも長くない長唄。これができたら長唄の新たな歴史が始まるかもしれません。
──都民芸術フェスティバル公式サイトをご覧のみなさまへメッセージをお願いいたします。
杵屋・稀音家:都民芸術フェスティバル参加公演、第54回邦楽演奏会。朝から夜まで、日本の多種多様な音楽ジャンルが一堂に集った演奏会です。私たちは一部の「家族で学び楽しむ邦楽教室」で「勧進帳」、そして二部では「巽八景」を演奏します。3月8日土曜日、タワーホール船堀大ホールでご来場お待ちしております。