加藤のぞみさん、和田朝妃さんにインタビュー
東京二期会「カルメン」加藤のぞみさん、和田朝妃さんにインタビュー
東京二期会「カルメン」誰もが耳にしたことのある曲がどのシーンにも流れ、カルメンをはじめとする登場人物の個性も際立つオペラ「カルメン」。世界中から長く愛されるこのオペラのヒロインカルメンを演じる加藤のぞみさんと和田朝妃さんに、作品への思いや目指すカルメン像などをお聞きしました。
加藤のぞみ(かとう のぞみ)
東京藝術大学大学院修了。明治安田生命クオリティオブライフ文化財団助成金を受け渡欧。A.ボイト音楽院を経てバレンシア歌劇場にて研修。P.ドミンゴ、F.ルイージとも共演。欧州はもとよりシンシナティ・オペラ、テアトロ・コロンなど幅広く活躍、来シーズンはバンクーバー、ピッツバーグでの「蝶々夫人」スズキ、カリアリでの「ラ・ファヴォリータ」主演が予定される。二期会会員
和田朝妃(わだ あさひ)
武蔵野音楽大学卒業、同大学院修了。二期会オペラ研修所及びチューリッヒ歌劇場インターナショナルオペラスタジオ修了。第67回全日本学生音楽コンクール東京大会大学の部第1位、全国大会入選。東京二期会では「ばらの騎士」オクタヴィアンのカヴァーキャストや「アルチーナ」ブラダマンテを務め、「こうもり」オルロフスキーは演出のA.ホモキから絶賛を受ける。二期会会員
──「カルメン」は世界中でもっとも上演回数の多いオペラのひとつです。改めてあらすじをご紹介ください。
加藤:舞台は1820年頃のスペインのセビリアです。タバコ工場で働くジプシーのカルメンが衛兵のドン・ホセに花を投げつけたことで、物語が動き出します。ドン・ホセの同郷の娘ミカエラや闘牛士のエスカミーリョも加わって愛憎劇が繰り広げられ、最後はカルメンの死で幕を閉じるというお話です。
和田:作曲したビゼーは36歳で夭逝していて、「カルメン」は彼の最後のオペラ作品でもあります。初演の評判はよくなかったそうですが、今ではフランスオペラを代表する傑作として知られています。
──なぜ「カルメン」はこれほど多くの人に愛されるオペラなのだと思われますか。
加藤:主役のカルメンはとても強烈なキャラクターですが、その対極としてミカエラというとても純情なキャラクターが設定されています。また、ドン・ホセはちょっとなよなよしていて陰湿な面がある男性ですが、こちらもまた対照的な存在として、英雄的で堂々とした闘牛士のエスカミーリョがいます。ほかにもさまざまな人物がたくさん登場するオペラなので、お客様も感情移入しやすい、今でいう「推し」ができるという点は、多くの人から支持される理由のひとつにあると思います。そして、作曲したビゼーの音楽の素晴らしさは言わずもがなです。前奏曲や「ハバネラ」、「闘牛士の歌」など、誰もが耳にしたことのある音楽は、クラシックというジャンルを超えて親しまれていますよね。ポップス系に編曲されたり、ジャズやボサノバにアレンジされたり。名曲がぎゅっと凝縮されているのも「カルメン」が愛される要素であることは間違いありません。
和田:「カルメン」以前の悲劇のオペラは、観ていて楽しむことはできても、登場人物に自分を重ねるのは難しいものが多かった気がします。「出会った瞬間に恋に落ちて愛し合うなんてありえない」と思ってしまいますよね。ところがカルメンは感情をむき出しにして、嫉妬心も隠さないし、自分の意見をはっきり言います。そういう人間味のあるカルメンをはじめとする登場人物のキャラクターが、とても新鮮で魅力的、かつ近しい存在に感じられるのかもしれません。音楽の面では知っているメロディが楽しめることに加え、登場人物が多い分アンサンブルも多いので、コーラスの迫力も秀逸です。カルメンが女工たちとタバコ工場で喧嘩するシーンなどは、女性合唱だけで迫力満点です。
──どのような「カルメン」を演じたいと思われますか。
和田:メリメの原作には、カルメンの見た目についてのセクシーな描写がひんぱんに出てきます。確かに男性を誘惑するセクシーな女性ではありますが、「媚びない」と感じます。そんなカルメンを表現できたらいいなと思っています。
加藤:カルメンが自分の心に正直なところが好きです。私もはっきりものを言う性格なので、気持ちが理解できます。自分の信念を貫くカルメンの生き様を演じ切るためには体力も必要ですから、稽古がある日もジムに通っています。
──今回、指揮者の沖澤のどかさん、演出家のイリーナ・ブルックさんに期待されること、楽しみにされていることがあればお聞かせください。
和田:現在暮らしているドイツでは、女性の演出家はとても多いのですが、指揮者は男性ばかりでした。ですから今回、演出家も指揮者も世界的に名高い方、しかも主役も女性ですので、これまでのカルメンとはまた違ったものができあがるのではと期待しています。
加藤:沖澤さんは大学の同級生です。藝祭のオペラのガラコンサートで、沖澤さんの指揮でマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」の「ママも知るとおり」を歌わせていただきました。私の中ではそれが初共演ですね。現在スペインのバレンシアに住んでいるのですが、彼女が公演でバレンシアに来た時に連絡をくれました。あいにくタイミングが合わず会えなかったのですが、共演できる日が来ることを心待ちにしていたので、今回はそういう点でも本当にうれしく楽しみです。
──お二人とも海外を拠点に活動されていらっしゃいます。日本での公演にはどのような思いがあるでしょう。
加藤:やはり自分が生まれた国での公演は特別ですし、このような役をいただけたことも大変光栄に思います。普段、スペインやイタリアで公演する際は稽古期間が2週間程度と、とても短いのです。その限られた時間で、演出家や指揮者、劇場支配人などに「自分はこういうことができる」というアピールをしなくてはいけません。そういう環境、さらには言語や見た目の違いもある中で戦ってきたというか、経験を重ねてきているので、海外で吸収したもの、得たものを日本のお客様にお見せして、芸術としての音楽の魅力を伝えたいと願っています。
和田:初めてのカルメン役を日本で演じられることは非常に感慨深いです。家族や友人がものすごく喜んでくれたのもうれしかったです。この公演を全力で務めている姿を観てもらいたいと思っています。
──普段あまりオペラ鑑賞をする機会のない人にオペラを楽しむコツがあればお聞かせください。
和田:おおまかなストーリーは把握されていたほうが、字幕を追いながら舞台を観る忙しさは緩和されるかもしれません。ただ、動画を観て予習するのは大変ですし、演出によってさまざまな「カルメン」がありますから、実際に舞台をご覧になったときギャップが生じる懸念もあります。そこで、「カルメン」について私がおすすめしたいのは、動画を視聴するのではなく、「カルメン」の音楽をBGMのように聴いていただきたいということです。もともと有名な曲がたくさん詰まったオペラですし、一度でも聴いたことのある音楽を劇場で、しかもオーケストラの生演奏で聴くのは、それだけでも楽しんでいただけると思います。別のことをしながらでも音楽なら聴けますから、動画よりもずっと手軽な点もいいですよね。
──都民芸術フェスティバル公式サイトをご覧の方へメッセージをお願いします。
和田:ドイツで奇想天外な演出の「カルメン」もたくさん観てきたので、伝統的な「カルメン」のよさも理解した上で、新しい試みに対する柔軟性も身につけることができました。ですから演出家の要望に応えつつ自分らしさを忘れず、「セクシーだけど媚びないカルメン」を演じたいと思っています。みんなで一丸となって舞台を作り上げていきますので、ぜひ会場でオペラの世界を堪能ください。お待ちしています。
加藤:ここ数年でようやく声楽家としての自分の魅力、そしてそれを舞台上で発揮するテクニックを得られたように感じています。そんなタイミングでいただいたカルメンの役ですので、日本のお客様に楽しんでいただけると思います。現在はほぼ毎日稽古を進めているところで、キャストとスタッフみんなでいいものを作ろうと切磋琢磨しています。多くのみなさまにご来場いただけたらと思います。