宮川新大さんにインタビュー

東京バレエ団 ベジャールのくるみ割り人形

もうひとつの「くるみ割り人形」で見られる、バレエの幅広く豊かな表現

古典の名作に20世紀のバレエの巨匠、モーリス・ベジャールが新たな息吹を注ぎ込んだベジャール版「くるみ割り人形」。東京バレエ団で8年ぶりに上演されます。出演されるプリンシパルの宮川新大さんに、ベジャール版の魅力や見どころ、さらにバレエ鑑賞の楽しみ方をお聞きしました。

宮川新大(みやがわ あらた)

6歳よりバレエを始める。2004年ユース・アメリカ・グランプリ日本予選プリコンペティティブ部門第1位。12歳でジョン・クランコ・バレエ学校に留学。第10回ユース・アメリカ・グランプリ日本予選シニア男性の部第1位。2010年、ユース・アメリカ・グランプリ ニューヨーク決選シニアの部第3位に入賞後、モスクワ音楽劇場バレエに入団。以降も多数の受賞歴がある。2013年にロイヤル・ニュージーランド・バレエ団に入団。2015年、東京バレエ団にソリストとして入団。2018年よりプリンシパル(最高位ダンサー)をつとめる。令和3年度(第76回)文化庁芸術祭賞舞踊部門新人賞を受賞。

ベジャール自身を反映させた少年ビムが主役という異色のバレエ

──ベジャールの「くるみ割り人形」のあらすじを教えてください。

クリスマスの夜、ビムという少年が亡くなったお母さんのことを思い悲しみに暮れていると、夢の中にプレゼントを抱えたお母さんが現れ、特別な夜を過ごすというお話です。本来の「くるみ割り人形」は主人公がマーシャという女の子ですが、ベジャール版ではベジャール自身がモデルのビムという少年が主人公です。彼のクリスマスの思い出を「くるみ割り人形」という作品にしたといってもいいと思います。

──ベジャールの振付にはどのような特色がありますか?

クラシックバレエならではのキラキラ感があると同時に、ちょっとリアルというか人間味がある表現を取り入れるのがベシャールの特徴だと感じます。クラシックバレエでは妖精やお姫様、王子など、メルヘンなキャラクターが登場する作品が多いですよね。ベジャールはこの「くるみ割り人形」に限らず、どんな古典でも人間的な部分を出してきます。また、地に足がついているとか太陽に向かってとか、自然に関する表現も多くあります。とはいえ踊りのベースはコンテンポラリーではなく、きわめてピュアなクラシックです。

前回の公演から8年、今だから表現できるフェリックスがある

──作品の見どころはどんなところでしょう。

まず、バレエの作品には珍しく主人公が男の子という点に注目です。通常の「くるみ割り人形」もそうですが、多くの方が知っている「白鳥の湖」や「眠れる森の美女」は、いずれも女性が躍るパートが多く、華やかな世界ですよね。それが、ベジャールが手がける作品は男性が主役だったり活躍したりする場面が多かったり、しかも肉体的にもかなりハードな作品がたくさんあります。今回の公演もみなさんがご存じの「くるみ割り人形」とは一線を画す作品になっています。憧れの王子さまが登場する従来のような世界観ではなく、自分の生きる世界の延長線上にあるかのような身近さ、近しさを感じていただけます。特に男性は、自分の幼少時代のクリスマスを思い出す、そんな懐かしい思いをされるかもしれません。古典と同じ音楽でありながら表現も解釈も異なる、バレエの表現の幅広さを感じられる点も見どころです。また、第2幕のヴァリエーションもユニークで見どころ満載なので、ぜひ楽しみにしてください。

──前回公演の2017年にも猫のフェリックス役をされていらっしゃいます。今回はどんなフェリックスにしたいと思われますか。

フェリックスは、ベジャールが大先輩のダンサーである小林十市さんのために作られた役で、物語を裏で操っているような役割も果たす、ちょっとずるくて好奇心が旺盛な猫です。2017年は十市さんにフェリックスを直接教えていただいたので、十市さんを通じてベシャールの希望や思いは理解できていると思います。ですからそこは忠実にいきたいですが、同じ作品でもアップデートしていく部分はありますから、そういった部分には柔軟に対応したいです。また、僕も前回から8年分年を重ねていますから、前回の「教わったことを精一杯やる」に加えて、この8年間の経験を表現の部分で活かせればいいなと思っています。可愛くてハキハキ、若さがあふれる前回のフェリックスよりちょっとした仕草、身振りや目線などでもう少し深い部分も表現したいですね。

ベジャール版グラン・パ・ド・ドゥは独創性がありながら美しいクラシック

──グラン・パ・ド・ドゥの見どころも教えてください。

古典の「くるみ割り人形」では、主役ふたりが踊る大きな見どころですが、ベジャール版では完全に独立した踊りになります。東京バレエ団では古典の「くるみ割り人形」を6年連続で上演しているので、グラン・パ・ド・ドゥもそちらの動きが体に染みついているところがあって、ベジャール版の踊り慣れるのが結構大変です。しかも踊りが難しいんですよ。それだけやりがいもあるので、マーシャと王子様のグラン・パ・ド・ドゥとは違うプティパ/イワーノフの初演時の振付に基づいた美しいクラシックの踊りをお楽しみください。

──宮川さんにとって東京バレエ団はどのような存在でしょう。

小学校卒業と同時に留学してから海外を拠点に活動してきましたが、もともと「いつかは日本で」と思っていました。ロシアで東京バレエ団の団長である斎藤友佳理さんと知り合ったことがご縁で、タイミングがよかったこともあり入団、気がつけば10年経っていました。3年目にプリンシパルになったときはまったくプレッシャーを感じていなかったのですが、今まで以上に自分に厳しく、よりハードルを上げるようになったここ数年は、代わりのいないプリンシパルとして背負うものの重さを感じています。その上で、たくさんの作品に挑戦させてくれている東京バレエ団には感謝しかありません。ダンサー・宮川新大を創ってくれた場所です。

敷居が高いと思われがちなバレエ、実際は誰もが思い思いに楽しめる芸術

──普段あまりバレエを観る機会のない方に、バレエ鑑賞を楽しむコツなどがあれば教えてください。

よく「バレエは敷居が高い」と耳にしますが、僕は「バレエは芸術だから敷居が高くてもいい」という考えです。ただ、バレエを鑑賞することに対する敷居は高くしないで欲しいです。例えばバレエとは無縁の友人たちが公演に来てくれた時は、「すごく面白かった、また来たい!」と、とても喜んでくれました。舞台を見て「きれいだな」と感じるだけでもいい時間になるでしょうし、「あのダンサーのテクニックはすごいな」とか「衣裳が素敵だな」など、気に入ったことが見つかればそれで十分だと思います。

ストーリーは知っていればよりキャラクターがわかりやすくなるので、楽しめる要素が増えるでしょう。音楽は、「くるみ割り人形」については誰もが耳にしたことのある音楽がたくさん散りばめられているので、予習なしでいらして「この曲ってくるみ割り人形だったんだ!」という発見と驚きを楽しんでいただけたらうれしいですね。

また、一度バレエを観て興味を持った方は、別の作品を鑑賞するのはもちろんいいですが、同じ作品を複数回観るのもおすすめです。僕の友人たちも実際、最初は僕ばかり見ていたそうですが、2度目は舞台上をもっと広く見ることができて違う楽しさがあったと言っていました。キャストが変われば同じ作品でもまるで違うものになったりしますから、同じ作品を何度か鑑賞するのもバレエの楽しみ方のひとつだと思います。

──都民芸術フェスティバル公式サイトをご覧のみなさまにメッセージをお願いします。

2025年2月7日から9日まで、ベジャール版「くるみ割り人形」を上演します。ビムという男の子が主人公の物語で、初めてバレエを見る方にも見やすく、見どころもたくさんある作品となっています。また、よくバレエをご覧の方でも古典の「くるみ割り人形」とはまったく違った構成演出になっていますので、見比べてみると楽しいと思います。僕も3日間とも出演するので、ぜひ気軽に劇場にお越しください。劇場でお待ちしています。



東京バレエ団 ベジャールのくるみ割り人形 公演情報はこちら

2025都民芸術フェスティバル公演情報

お問合せ
ページの先頭へ