落語家 柳家さん喬さんにインタビュー
第55回 都民寄席 国立公演落語家 柳家さん喬さんにインタビュー
第55回 都民寄席 国立公演人情噺、滑稽噺ともども高い人気を得ている柳家さん喬師匠。第55回都民寄席で披露してくれるのは、笑ったりしんみりしたりと、さん喬師匠の魅力を堪能できる「妾馬」です。演目の聞きどころから寄席の楽しみ方についてまで、落語初心者にもわかりやすく語っていただきました。
柳家さん喬(やなぎやさんきょう)
落語家、一般社団法人落語協会会長。東京都墨田区生まれ。中央大学付属高校卒業後、五代目柳家小さんに入門し小稲の名で初高座。二ツ目昇進後に柳家さん喬と改名、1981年に真打昇進。国立演芸場金賞、文化庁芸術祭賞、浅草演芸大賞新人賞、芸術選奨文部科学大臣賞、国際交流基金賞受賞など数々の賞を受賞し、2017年には紫綬褒章受章。
──演目「妾馬」について教えてください。
「妾馬」と書いて「めかうま」と読みます。長屋に暮らすお鶴という娘さんがある殿様に見初められ側室となり、世継ぎとなる男の子を産みます。それでお鶴の兄である八五郎が殿様に呼ばれてお屋敷に出向くのですが、そこで身分や言葉、習慣の違いから生じるやりとりを描いた話です。結果的に八五郎は殿さまに気に入られ、名字帯刀を許され出世するのですが、紋付き羽織袴姿で馬に乗り、偉そうな顔をして町中をかっ歩している姿を見た町内の人たちが「あれは妹のお鶴の褒美だよ、妾の馬だよ」と言ったおちが「妾馬」という演目の由来となっています。ただ、通常は八五郎が出世するところまでの前半だけを演じますので、「八五郎出世」とも呼ばれています。
八五郎は武家社会のしきたりなど何もわかりませんから、お屋敷でしでかすさまざまな行き違いが笑いを誘います。家老の三太夫がそのとばっちりを食らうところ、そこに殿様も加わった三つ巴のやりとりも「妾馬」の面白さです。そして最大の見どころ、聴きどころは、お鶴が子どもを産み母親となった姿を見て、八五郎が心から喜びうれしく思う様子でしょう。これは現実の世界でもあることですから、ここをうまく描ければお客様にも存分に楽しんでいただけると思いますので、見どころ、聴きどころであると同時に、噺家の腕の見せどころでもあると思います。
──落語の道に入られたきっかけはどんなことでしたか?
歴史が好きで、将来は中学校の社会科の先生になりたいと思っていました。ところが当時の大学は学生運動が激しい時期で、自分が思い描いていた学生生活とはちょっと違っていたことと、高校時代に急に成績が悪くなったこともあり、大学進学に挫折したことで教員の道がなくなりました。それで担任の先生から卒業後の進路を尋ねられたとき、なぜだか「噺家になります」と言っちゃったんですよ。言った以上はならなきゃいけないかなと思いまして(笑)。人間の運命というのは自分の意思だけではどうにもならないもので、自分は引いた線路を進んでいるつもりが、気がつくと行き先が変わっているということもあります。私の場合はまさにそれで、いつの間にか噺家になっていたという次第です。
とはいえ、幼い頃から落語に親しんでいたことは確かです。子どもの頃はラジオが娯楽で、花菱アチャコの「お父さんはお人好し」というドラマや「とんち教室」というバラエティ番組などが人気でした。落語の番組も多く、ラジオ局ごとに落語の番組を持っていましたから、おのずと子どもにとっても落語は楽しみのひとつになっていました。また、たまたま祖父と父が落語などの演芸、芸能といったものが好きで、住まいの本所から目と鼻の先の浅草へよく連れて行ってもらっていたんです。それを見ているうちに、いつの間にか落語が体に埋め込まれていたというのはあるかもしれません。
──落語の魅力はどんなところにあると思われますか。
演者は頭の中、腹の中でいろいろな景色や人物を思い描いて喋ります。それを聞いたお客様もご自分の世界を作り上げてお聞きになります。例えば「海」という言葉ひとつ取っても、演者とお客様が想像する「海」はまったくの同一というわけではないですよね。けれど「海」という景色を思い描いていることは共通しています。演者ではなくお客様に委ねることで、想像の世界を作り上げることができる。これは映像がない言葉だけの芸ならではの、落語の魅力ではないかと思います。
このような落語の魅力は、必ずしも寄席に足を運ばなければ楽しめないというわけではありません。私も落語はラジオで親しみましたし、動画サイトでご覧になっても、「聞く」ということには変わりはないですよね。今の時代、「動画サイトで落語を見たら面白くて生で聞きたくなった」と、動画から入る方も多いです。逆に、生でばかり聞いていたけれど「昭和の名人と言われる桂文楽や六代目三遊亭圓生はどんな噺家なんだろう」と、動画サイトで古い噺家を聞くことで、新しい噺家との違いがわかってより落語が面白くなるという方もいらっしゃいます。ですからそれぞれの形で楽しんでいただければとは思いますが、寄席で演者とお客様が一緒にその場の空気を作り上げることができるのもまた、落語の醍醐味です。
寄席というところは前座からトリが上げるまで十数人も高座に上がってそれぞれの芸を披露する、いわゆるオムニバスです。ですから映画のように最初から最後まで見ないと話がわからないということもなく、どこを切り取ってもちゃんと楽しめるという、寄席ならではのよさがあります。
──普段、生で落語を見る機会が少ない方に楽しんでいただくコツなどがありましたら教えてください。
どうも「寄席は敷居が高い」と思っている方は「演目の内容がわからないかも」「わからないと笑えない」といった気持ちが前提になってしまうようですね。ただ、今の寄席には日本在住で落語が好きという外国人の方もいらっしゃいます。いくら日本語がわかると言っても江戸時代が舞台の話では今とは異なる言い回しや言葉もあるはずですが、ちゃんと楽しんでくださっています。また、旅行で日本にいらした外国人でも落語に興味があり、滞在中に寄席にいらした方もいらっしゃるかもしれません。そういった方々に比べたら、日本人にとって落語の難易度はぐっと低いはずですよね。まずはぜひ、一度最寄りの寄席にお運びください。そして寄席の雰囲気を楽しめるようになったら、各寄席の違いを楽しんでください。東京には上野鈴本演芸場、浅草演芸ホール、新宿末廣亭、池袋演芸場と国立演芸場、関西にも2軒の寄席があります。同じ演目でも寄席によって反応が全然違っていて、寄席ごとの個性は地域性や生活環境が影響している部分があるのだろうと強く感じます。その点からしても、寄席は決して難しいところでも敷居の高いところでもないことがおわかりいただけると思います。
──今年6月に落語協会会長に就任されました。会長としての役割と意気込みをお聞かせください。
芸というのは一代限りですが、先輩方が築いてくださった落語協会は100年を迎えることができました。これからのためには「これだけは守っていきたい」という部分と「これは改革してもいいのでは」という、何を踏襲していくかという選択がとても大事だと考えています。女性の噺家さんや新作の噺家さん、そして色物さんという新たな分野も完成されつつあるので、先輩たちが築いてくださった慣習や礼儀といったものを守りつつ、そういう方々と共に同じ船に乗り、取りまとめていくのが会長の役割かと思います。正しくいえば、会長というよりは理事会という一つの母体の役割ですね。そしてそれを支えてくれているのが落語協会の事務局ですから、この先も事務局と理事会が両輪となって進めていかなければという思いです。
──最後に、都民寄席のお客様へメッセージをお願いします。
東京都では、いろいろな地域で寄席を楽しんでいただこうと「都民寄席」を開催しております。「都民寄席」は抽選となっており、「広報東京都」に応募要領が書かれています。ぜひお試しいただき、都民寄席をお楽しみいただければと思います。申し遅れましたが私も出ます。よろしくお願いします。