能楽師 大藏彌太郎さんにインタビュー
公益社団法人能楽協会 『第61回式能』能楽師 大藏彌太郎さんにインタビュー
公益社団法人能楽協会 『第61回式能』能と狂言の流派がすべてそろい、トップクラスの配役によって演じられる「式能」が年に一度、上演されます。
能や狂言とはどのような演劇か、初めてのかたが舞台を楽しむコツは何か、大藏彌太郎さんが楽しく分かりやすく解説してくださいました。
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大藏 彌太郎(おおくらやたろう)
能楽師、昭和49年生、東京都出身。重要無形文化財総合認定保持者。公益社団法人能楽協会理事。一般社団法人狂言大藏会 代表理事。二十五世宗家大藏彌太郎の長男として生まれ、祖父の故二十四世宗家大藏彌右衛門および父に師事、5歳の時に「以呂波」にて初舞台。「末広がり」「千歳」「那須」「三番三」「釣狐」「花子」を披く。平成十年、宗家に伝わる幼名「千太郎」を襲名。平成二十八年、成人名「彌太郎」を襲名。『狂言大藏会』『大藏三兄弟』『YouTube ももやそ狂言』『狂言わらんべ』などの舞台を主催。
能楽は約700年前の室町時代、観阿弥・世阿弥親子によって大成された芸能であり、能と狂言を合わせて能楽と呼びます。かつては猿楽と呼ばれていましたが、明治期になって能楽に改められたと聞いています。能は謡に乗せて舞い、狂言は会話劇です。
能は『平家物語』や『源氏物語』、『伊勢物語』などの古典文学や、羽衣伝説や竜神伝説など各地に伝わる伝説を題材にした演劇で、楽器は笛、小鼓、大鼓、太鼓を使います。おひな様の五人囃子は、これらに謡(うたい)、つまりボーカリストが加わって五人となったものです。
能は室町時代に大成され、武士がたしなむことによって育ってきました。武士好みの世界観といいましょうか。江戸時代に、能と狂言が「江戸式楽」すなわち公的な儀式で演じられるものとして制定されました。この江戸式楽は、5曲の能と、その間に狂言が挟まれる「翁附五番立」というプログラムで催されました。
「式能」は江戸式楽の伝統を受け継ぐ由緒正しい形式ですが、能は1曲がだいたい1時間くらいあるので、5曲となるとほぼ一日がかりです。そのため、いまでは能楽協会の式能が年に一度の貴重な公演ではないかと思います。
「翁附五番立」の「翁」は式能の最初に演じられるもので、「能にして能にあらず」といわれます。「翁」が天下太平、国土安穏、そして「三番三」で五穀豊穣を祈念し、能舞台を神聖な空間として成り立たせた上で、五つの能を演じます。
「序破急」という言葉がありますが、例えば桜のつぼみがゆっくりとふくらんでいって満開を迎え、そして躍動的に一気に散るようなものとお考えいただくと分かりやすいかもしれません。「翁」に続く五番立の能は、この「序破急」に基づいて「神男女狂鬼」を描いています。
能の多くは「鎮魂」をテーマとしているのに対して、狂言は笑いを中心とした風刺劇または人間賛歌、いまふうにいえばショートコントでしょうか。能の間に10~30分程度の狂言を挟んでお楽しみいただく、という構成です。
そうですね。少し調べていただき、当日は能を「音楽的要素」として楽しんでいただくとよろしいのではないでしょうか。お芝居と同じ感覚で能をご覧になると、筋が分からないとか難しいとお感じになるかたもいらっしゃるようです。まずは音楽を楽しんでいただいて、プラスしてきらびやかな能装束や優雅な舞もあるので、美術館に行って「動く絵画」を観ていると思えば、とても豪華な時間になると思います。
また、狂言は会話劇ですから、少し慣れれば非常に分かりやすいものです。どんな芸能よりもシンプルな物語なので、解説などなくてもお楽しみいただけます。小中学校や高校、大学など、どこで演じても皆さん笑ってくださいますので、大丈夫です。なるべく固定観念を捨てて楽しんでください。
4本の柱に囲まれた正方形の部分が、われわれが演技をするエリアです。向かって左側の奥の幕が上がって演者が登場し、橋掛かりという通路を通って出てきます。お囃子方は後ろのほうの後座、地謡はいわばバックコーラスですが、右側の地謡座に座ります。
舞台の背景の鏡板には、松の老木が描かれています。奈良の春日大社の一之鳥居をくぐった右側に「影向(ようごう)の松」というご神木があり、ここに神様が降り立たれて芸能をご覧になったという伝説から、この松を舞台に移すことによって、われわれはいつも神様に見守られて演じているという意味が込められています。
能は室町時代から続いておりますが、現在、私の父が宗家25世ですので、私は26代目に当たります。十一世の大藏彌右衛門虎政が織田信長公に仕え、「虎」の字を賜ったことから、これより代々、「虎」の字を名乗りとして付けることになりました。私は、2016年の「彌太郎」襲名より「千虎」を名乗っています。
ほかの道に進んでもいいと言われてはいましたが、やはり自分の故郷を捨てることはできませんよね。私にとって能は故郷であり、父や祖父との絆でもありますから。
父の考えは、芸とはほかの人から厳しく教えてもらうものではないというものでした。つまり、自分で自分に厳しくあれ、ということです。
能には流派が五つ、狂言には二つありますが、式能にはそのすべてがそろい踏みしますので、一日で全部観ることができ、いろいろな楽しみかたができます。本年の式能も、各流派の御宗家をはじめ、トップクラスによる配役で演目を組んでいます。長い一日ですが、第一部、第二部と分けておりますので、ぜひご覧いただきたく、お待ちしております。