指揮者 阿部加奈子さんにインタビュー
新日本フィルハーモニー交響楽団 ~ドヴォルザークの一夜~指揮者 阿部加奈子さんにインタビュー
新日本フィルハーモニー交響楽団 ~ドヴォルザークの一夜~国内外で活躍するベテランの演奏家と若手演奏家を指揮者、ソリストに配し、初心者でも楽しめる名曲のプログラムでお届けするオーケストラ・シリーズ。3月2日の「ドヴォルザークの一夜」で新日本フィルハーモニー交響楽団およびヴァイオリンの北川千紗さんと共演する指揮者の阿部加奈子さんに、ドヴォルザークの魅力などをご紹介いただきます。 新日本フィルハーモニー交響楽団 ~ドヴォルザークの一夜~ 公演情報はこちら
阿部加奈子(あべかなこ)
現代音楽のスペシャリストとしてヨーロッパを中心に活躍、これまでに140曲以上の世界初演を行う。
2022年にはブシュラ・エル=トゥルクの新作オペラ「Woman at Point Zero」の世界初演ならびにエクサン・プロヴァンス音楽祭、2023年にはロイヤル・オペラ・ハウスなどにデビューを予定している。本演奏会が新日本フィルとの初共演。
現在オランダ在住。
──ドヴォルザークの曲の特徴を教えてください
ドヴォルザークは、その生涯を通じて、東西ヨーロッパや英米など世界各地で精力的に活動しました。チェコ国民楽派の代表的な作曲家のひとりとして、祖国の民族音楽に基づいた愛国心あふれる作品を数多く残した、いわば「スラブ音楽の啓蒙者」のような人ですね。 今回はオール・ドヴォルザーク・プログラムなので、躍動感にあふれ、民族音楽的で、かつ哀愁に満ちた彼の音楽の世界に自然に入っていけると思います。
──演奏曲をご紹介ください
最初の「謝肉祭」序曲は、「鳴り物入り」という言葉がぴったりの、打楽器や金管楽器がはやし立てるように大活躍する曲です。中間部の緩やかな民謡調のメロディーも、グッときますよ。
次のヴァイオリン協奏曲も、民族的で哀愁あふれる美しい旋律とダンスのような躍動感に満ち満ちた、とても魅力的な作品です。
©Ryota Funahashi
──そしていよいよ「新世界より」ですね
交響曲第9番「新世界より」は、ドヴォルザークが祖国を離れて米国に渡ったあとに作曲されました。新世界、つまり新大陸アメリカで新鮮な驚きや発見に満ちた日々を送り、初めて触れる文化から霊感を受けたドヴォルザーク。同時に、何もかもが真新しいからこそいっそう強くなる、祖国への思い。そんな彼の郷土愛が、この交響曲には強く込められていると思います。
北米の原住民や黒人の音楽から影響を受けた作品とよくいわれます。しかし、ドヴォルザークの心に響いたのは、その素朴で自発的な旋律やリズムの中に、自分が生まれ育ったスラブの音楽と同じ土臭さや生命力を見いだしたからではないでしょうか。
遠く離れた土地のまったく違う民族が生み出す音楽に、ある種の懐かしさを覚える。そんな自分に、ふと人類の普遍性を垣間見たのかもしれません。この普遍性への大いなる感動こそが、「新世界より」が今日もなお、もっとも人気の高い交響曲のひとつとして世界中の人々に愛されるゆえんではないかと思います。
──曲の展開を教えてください
第1楽章は、メロディーを聴いているだけでもうっとりします。勇壮な第一主題や牧歌的な第二主題などが絶妙な綾模様を織りなし、どんどんドラマチックに展開される様子は圧巻の一言。
第2楽章の哀愁あふれるおなじみの旋律には、皆さんはどんな光景を思い浮かべるでしょうか。私は、夕暮れ時にオレンジ色に染まる山並みへ帰っていく鳥たちの群れや、日が沈んで薄暗い山道で感じる冷えた空気と静寂といった自然の風景を想像してしまいます。
第3楽章はうって変わって、少し無骨な舞曲風。トライアングルが大活躍するところが、なんともスラブ音楽らしい感じです。
そして最終楽章。めくるめくドラマの大団円は、金管楽器による主旋律の高らかな響きによって肯定され、締めくくられます。
本当に壮大な作品ですね。この曲を指揮する機会は何度もありましたが、そのたびに「なんて、いい曲だろう」とついつい惚れ直してしまいました。
©Ryota Funahashi
──今回は新日本フィルおよび北川千紗さんとの共演です
私にとって、どちらも今回が初共演となります。パリの生活が長い私にとって、新日本フィルは、尊敬し目標にしているマエストロ小澤征爾が創設なさったオーケストラということで、以前から憧れていました。とても楽しみにしています。
北川さんは数々のコンクールで優勝や入賞なさって、いま大活躍中の若手ヴァイオリニスト。私の高校・大学の後輩でもあるとのことで、こうして共演し、刺激をいただけることを心よりうれしく思っています。
©Ryota Funahashi
──クラシック音楽の初心者が楽しむコツは?
音楽には、ある決まった「聴き方」はないと思います。作曲に至る背景や作られた当時の風潮などを調べてから聴くと、面白い発見がいろいろあるでしょう。しかし、そうしなくてはいけないという決まり事はありません。
とりあえず聴いてみて、いろいろな物語や風景を自分で想像するもよし、自分の心境とシンクロさせるもよし。想像を自由にふくらませる「空間」を与えてくれるのが、音楽なのです。先入観で自分の感性を狭めるのではなく、まず聴いてみて、それから好き嫌いを判断すればいい。食わず嫌いはもったいないと思います。
──生の演奏の魅力は何でしょうか
人間にはもともと、一体感を味わいたいという本能が備わっていると思うのです。多数のお客様と演奏家が1カ所に集まり、皆で心を合わせ、音を合わせ、感動や熱狂を分かち合う「演奏会」から得られる一体感は、何物にも代えがたい貴重な時間であり空間であると信じています。
演奏会に行って元気になった、生きる力をもらったという人がたくさんいます。それこそが生演奏の魅力だと思います。
©Ryota Funahashi
──音楽に興味をお持ちになったきっかけは?
両親が合唱指揮者だったので、子どものころからなんとなく興味を持っていました。しかし、本気で「指揮者になりたい」と思ったのは、東京藝術大学の作曲科を卒業してパリに留学し、当地で結婚したあとでした。
オーケストラ作品の新作初演に立ち会う機会が多々あったのですが、新作があまりにもおざなりに扱われている様子にショックを受けたのです。これから世に出ようとしている作品こそていねいに演奏すべきなのに、同時代の作曲家の作品を守ろうとしない演奏家の態度を目の当たりにした私は、自分が指揮者になって、質の高い新作の演奏に貢献したいと決心し、パリ国立高等音楽院の指揮科を受験しました。
以来、140作を超える新作の初演を指揮してきました。現代作品だけではなく、いろいろな時代やスタイルの作品を指揮していますが、新作の初演は私の大事な使命だと思っています。
──お客様へのメッセージをお願いします
音楽はいついかなる時代にも私たちの心を慰め、優しく抱きとめて、生きる力を呼び覚ましてくれる友であったし、これからもそうだと信じています。祖国をこよなく愛したドヴォルザークの音楽が、そしてそこに込められたメッセージが、素晴らしいオーケストラとソリストの力によって息を吹き返し、皆様の心に潤いと勇気をもたらしますように。ともに分かち合える時間を、指揮者の私も心待ちにしています。