特集4:オペラの演出について|2017都民芸術フェスティバル 公式サイト

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2017都民芸術フェスティバル 公式サイト

オペラの演出について

岩田 達宗(いわた たつじ)さん
岩田 達宗(いわた たつじ)さん

岩田 達宗(いわた たつじ)

東京外国語大学フランス語学科卒業後、劇団「第三舞台」を経て、舞台監督集団 「ザ・スタッフ」に参加。栗山昌良氏に師事。96年五島記念文化賞オペラ新人賞を受賞。98年より2年間ヨーロッパ各地で研鑽を積む。帰国後、日生劇場、新国立劇場、びわ湖ホール、コレギウム・ムジクムなど各地のオペラ・プロダクションで作品を発表。03年堺シティオペラでのプッチーニ「三部作」と05年愛知万博開催記念オペラ新実徳英作曲『白鳥』で佐川吉男賞、05年いずみホールでのプーランク『カルメル会修道女の対話』で音楽クリティック・クラブ賞、大阪府舞台芸 術賞を受賞。06年には自身が、オペラ演出家として初めてとなる音楽クリティック・クラブ賞を受賞。藤原歌劇団『ラ・ボエーム』『ラ・ジョコンダ』、愛知県芸術劇場『ファルスタッフ』など全国のオペラ公演を手がけ、成功に導いている。

今回、岩田さんは都民芸術フェスティバルに参加する2本のオペラ、藤原歌劇団による『カルメン』と日本オペラ協会による『よさこい節』の演出を担当されます。それぞれの作品の見どころをご紹介ください。

『カルメン』チラシ
PDF(1.19MB)

『カルメン』が生まれた時代のヨーロッパには、日本の男尊女卑よりもはるかに厳しい差別がありました。それをはね返そうという人々の思いを初めて発信したのが『カルメン』です。何百年にもわたるキリスト教による女性や民族への抑圧に対し、ようやく声を大にして異議を唱えた記念碑的な作品です。そのため「初演は失敗だった」とよく言われるのですが、それは作品の出来がよくなかったからではなく、差別されている側が人間らしさを求めるなど、当時はとんでもないスキャンダルだとされたからなんですね。僕たちがいま享受している自由の原点には、『カルメン』とその時代に生きた人々のすさまじい努力と苦労があるのです。現在ではその『カルメン』が、オペラのどのレパートリーよりも数多く上演されているというのは、感慨深いものがあります。それに、小池百合子さんという初の女性都知事が誕生した最初の都民芸術フェスティバルで『カルメン』が上演できるのは、非常にタイムリーだと思っています。また、耳になじみのあるクラシック音楽の原点を聴くことができるのはオペラの楽しみの1つであり、それを久しぶりに藤原歌劇団による新制作で上演するということですから、そこも大きな見どころですね。

『よさこい節』チラシ
PDF(1.05MB)

『よさこい節』も『カルメン』同様、男女差別があり女性の自由や人権や恋愛などについて厳しい制約があった時代の話です。不倫でも何でもない、恋愛した相手がたまたまお坊さんだっただけです。その何が悪いんだって話ですよね。この2つの作品はとてもよく似た話で、『よさこい節』の主人公のお馬は日本のカルメンと言えるかもしれません。「女性が自由に生きたいなどとんでもない」という世間の声に対し、カルメンや恋人のドン・ホセも戦います。お馬とその恋人の純信も「恋愛して何が悪い、人間が人間らしく生きてどこがいけない」と、民衆や社会と戦う話ですから。いずれの登場人物も激しく生きて、人間が人間らしく、男女も平等に生きていく時代が始まるという新しい時代の幕開けの物語です。だからこの2つのオペラを同時期に上演できるのはとてもありがたいですし、ぜひその共通している点をふまえて観ていただければと思います。

『カルメン』と『よさこい節』は両作品とも岩田さんの演出による新制作(ニュープロダクション)となります。それぞれの特徴はどういったところですか。

藤原歌劇団と日本オペラ協会の最大の特徴は、いずれも非常に優秀な合唱団を持っているということです。メンバーが固定しているし、ちゃんと世代交代もできている。カルメンやお馬という、後の社会を変える力を持っているような女性が出てきた背景には、民衆の力があります。『カルメン』も『よさこい節』も、実は主役は民衆なんです。その民衆の力を表現するのが合唱なので、必然的に合唱の出番がとても多くなります。そこを本当に信頼できる、合唱をプロとして表現できるメンバーの集まりである合唱団を持つカンパニーが公演するというのは、かなりの見ものですよ。僕自身もやりがいがあります。
『カルメン』でいうと、僕は実は合唱の出番の少ない、ビゼーがオリジナルに構想したものに近い版、いわゆるフェルゼンシュタイン版しか演出したことがないのです。が、今回はシャーマー版の『カルメン』をほぼノーカットで完全な形で上演します。それができるのは藤原歌劇団だからこそです。僕はこの完全版を演出するのは初めてなんですよ。今までは合唱の負担を考えるとなかなか引き受けなかったのですが、今回は藤原歌劇団の合唱団でできるというので、それなら広く普及しているシャーマーの、しかもほぼ完全な版でやりましょうということになりました。
また、今回は両作品ともオーケストラピットが豪華です。『カルメン』で指揮をされる山田和樹さんは初めてご一緒しますが、すでに素晴らしいキャリアを積んでいますよね。『よさこい節』を指揮される田中祐子さんとは、これまでに2度一緒にオペラを上演していますが、よくこんな風に音楽を感じ取れるな、よくこんな表現ができるなって、本当に驚きました。彼らの実力は飛び抜けています。僕より20歳近く年下ですが、音楽に関わる人間として嫉妬するほどです(笑)。僕はあまり人に嫉妬したことがないんですが、彼らはそれくらいすごいです。

岩田さんはオペラの演出をご専門とされていますが、総合芸術であるオペラにとって、演出とはどのような役割を果たすものなのでしょうか。

たとえば今回の両プロダクションの場合、総監督は「藤原歌劇団とは、日本オペラ協会とは、こういうものを作っていきます」という方向性を示す人です。そこが演出家と合致していたら、後はどのような作品にするかという演出は、演出家に任されます。
現代では、スピーカーを通さない生の音で音楽を聴くという機会がほとんどありません。アコースティックギターで生演奏という時でさえ、今はマイクが1本立っていますから。自宅でも劇場でも、スピーカーの音を聴いているわけで、それは電気を通した音なんです。今回、『カルメン』の総監督である折江忠道さんと演出家である僕の共通の思いは、「オペラはそれに対する最後の牙城になろう」です。オペラはマイクを通さずに音を響かせる極限ですからね。しかもオーケストラがピットに入るわけでしょう。それに対して人間が一人で舞台に立ってマイクなしで歌うという、これぞ最後のアナログの牙城でしょう。今や芝居もミュージカルも当然のようにマイクを使います。芸術の分野で「人間の肉体だけですべてをやるぞ、電気を通さないぞ」って言っているのはオペラだけです。人間の肉体の極限というのがどこまであるのかを見せるのがオペラの仕事だと思っているので、そこは守りたいですね。
また、演出家の役割として、折江さんには「歌手に最高のパフォーマンスをさせてほしい」と言われました。われわれにとって歌手は合唱団も含めてアスリートです。歌手というアスリートを舞台の上で最高の状態でお客様に観ていただきたいというのが総監督の意思で、その思いも僕と一致しています。

稽古風景

オペラの魅力とはどのようなところだと思われますか。

まずは今お話したアナログの最後の牙城であることと、総合芸術なので歌のみならず舞台装置でも衣裳でも、どこからでも楽しめるのもオペラの魅力だと思います。
また、たとえば『カルメン』ではカルメンの声を超人的な声で歌うわけですが、それはカルメンが社会の中で抑圧される立場にありながらそれと戦っている、すさまじい叫びと合致するわけです。演劇の最高の境地とは、歌い手がすごいのか登場人物がすごいのかわからなくなる、まさにそこにあります。この「演劇としても高い次元にある」というのも、オペラの大きな魅力だと思います。オペラ歌手には、声がオーケストラを飛び越えるかという具体的な技術が必要です。それから、オペラはストーリーに頼り切ることをしません。オペラではチラシやパンフレットにあらすじを全部書いていることが多いでしょう。それはストーリーの上で人間がどう生きているかを観てもらうからで、ストーリーそのものを観てもらうわけではないからです。芝居の場合は観ていただく前に結末を書くなんてありえないし、事前に演出の見どころを言ってはいけないこともありますからね。

オペラとはどのような芸術であると思われますか。

五線譜で表わされる音楽というのは、オペラによって世界中に広まりました。楽譜で表現することで、言語の壁を越えて人間の細かな感情まで伝えることができる、つまり五線譜の音楽は今や世界の共通言語なのです。ですからオペラというのは言語の壁を越え、国境を越え、人間はわかりあえるのだということを伝えるための手段といえます。ミュージカルは日本語訳でやるのになぜオペラはそうしないかといえば、言語を越えて通じ合えるものをいろいろなものと戦って勝ち得た原点にオペラがあるということを共有するためです。しかもそれが『カルメン』のような世界中の人が知っているメロディであれば、なおさらそのままの形で共有したいでしょう。
『よさこい節』の作者、原嘉壽子さんは五線譜の上で日本語をどう生かすのかを決定的に切り開いた人です。音楽とは、最初にメロディがあるわけではなくて、言葉の譜割りなんですね。「私はあなたが好き」と言うのと、「私はあなたが、好き」では、意味が違ってくるでしょう。原さんは日本語でもオペラが成立することを示し、日本語のセリフをどう語るかに対する回答をちゃんと導き出した人です。オペラ、すなわち五線譜の音楽というのは、どんな言語でも表現できるものでもあるのです。

観客へのメッセージをお願いいたします。

現代の女性の出発点に生きた人々が、どのように戦いどのように激しく生きたのか、われわれが生きている時代の原点を観に来ていただきたいです。そしてオペラは人間の肉体が作るものであり、オペラを観ることで「人間はこんなにすごいことができるのか」ということも楽しんでいただきたいですね。
演出の面では、『カルメン』には今までにない新しい視点を入れました。『カルメン』には明るく楽しく祝祭的なイメージを持っていらっしゃる方も多いと思いますが、女性や抑圧された人々が人間らしさを求めて戦う話なので、今回はそういうダークな面も隠さず出しています。そこで全編、昼も夜も関係なしにずっと人間を狂気に駆り立てるような赤い月を昇らせて、「赤い血と赤い月に本能をかきたてられた人々が血を流しながら激しくぶつかりあう」という世界観の中でやろうと思います。それが本来のビゼーが書こうとした『カルメン』であり、そのオリジナルを体験するつもりで観に来ていただければと思います。

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