特集2:「ユートピア」を出現させ、平和を問い続ける|2017都民芸術フェスティバル 公式サイト

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「ユートピア」を出現させ、平和を問い続ける

井上 麻矢さん
井上 麻矢さん

井上 麻矢(いのうえ まや)

劇団「こまつ座」代表取締役社長。劇作家・作家井上ひさしの三女。東京・柳橋に生まれる。高校在学中に渡仏。パリで語学学校と陶器の絵付け学校に通う。帰国後、スポーツニッポン新聞東京本社勤務。次女の出産を機に退職し、母として様々な職を経験する。2009年4月こまつ座入社、同年7月より支配人、同年11月より現職。14年市川市民芸術文化奨励賞受賞。15年、井上ひさしの珠玉の言葉77をまとめた『夜中の電話-父・井上ひさし最後の言葉』と、企画した松竹映画『母と暮せば』(第39回アカデミー賞優秀作品賞受賞)の小説版『小説 母と暮せば』(山田洋次監督と共著)を連続して上梓。こまつ座は12年に第37回菊田一夫演劇賞特別賞、第47回紀伊國屋演劇賞団体賞、フランコ・エンリケツ賞(伊)、16年に『マンザナ、わが町』で第23回読売演劇賞大賞優秀作品賞を受賞。

こまつ座の抱えるビジョンや現在のご活動の方針についてご紹介ください。

演劇というものは、俳優さんと裏で支えるスタッフやプランナー、そしてお客様と劇場が一体になった時にユートピアを出現させることができます。こまつ座は1983年の設立当初から、この「ユートピアの出現」を目的としてやってきました。1つでも条件が欠けるとそれは叶わないので、公演ごとにユートピアを出現させることがこまつ座の大きな使命です。これは井上ひさしが言い続けていたことでもあります。
そして、演劇を通して平和を訴えていくことも私たちの活動における大きな軸となっています。ユートピアの出現が横軸だとすれば、こちらは縦軸ですね。こまつ座が誕生してから34年の間に世の中はめまぐるしく変化しましたが、この2つの軸はそれに左右されることなく、私たちが目指すものとして常にあります。

井上さんが統括のお立場で、公演制作にあたって心がけていらっしゃることはどのようなことでしょうか。

うちはプロデュース公演ですから、公演ごとに「ユートピアの出現」という横軸と「平和を訴える」という縦軸が狂わないよう、大局的な見地で見るようにしています。作品については、現場が始まってからは担当者に任せています。ただ、制作担当が若い人の場合は、演劇的な知識はあっても縄のように編まれてきたこまつ座の歴史を知らないこともあるので、なるべく稽古場に足を運んでいます。というか、もともと稽古場が好きなんですよ。それでちょっと皆さん疲れている感じだなと思ったら、どうすればそれをほぐしてあげられるのかを考えます。父はよく「知識でも食べ物でも、お腹にいったん入ったものはすべて血となり肉となり、その人の栄養となる」と言っていました。私は「大丈夫ですか」とか「ご飯食べに行きましょう」とか、とにかく声をかけまくりますね。それから稽古場で笑ったり手を叩いたりもします。みんなが一様に難しい顔をしている張り詰めた空気の場でそれをやるのは、実は大事なことだと思います。「笑ってる場合じゃない」と怒られることもありますし(笑)、「あの人、能天気だな」と思われているかもしれませんが、あえてそのポジションを狙っていくようにしています。怒られ役を引き受けるのも、私は自分の役割だと思っています。

『私はだれでしょう』の初演は2007年でしたが、今回は10年を経て初めての再演となります。初演時とはどのような変化があるのでしょう。

私はだれでしょうチラシ
PDF(730KB)

この作品は、当初、井上ひさしが演じる俳優さんを決めてあて書きしたものでした。しかし演劇作品は一度の上演で終わるものではありません。再演を重ね、あて書きした人ではない俳優さんにも演じていただき、作品を更新し続けていくことが重要です。あて書きの場合はその俳優さんの個性をどんどん引き出しますが、再演で演じる俳優さんは、逆に自分の個性を抑えることになります。それによって話の本筋がものすごくクリアに見えてくることもありますし、同じ戯曲でありながら解釈が大きく変わってくることもあります。ですから初演を観た方にも今回の再演をご覧いただくことで、また新鮮な感想をお持ちいただけるのではないかと思います。とはいえ初演時は井上ひさしの遅筆のせいで初日が二度にわたって延期されたため、見逃された方も多いんですよね。ですから単に再演ということではなく、多くのお客様に初めてお見せする作品であるということも意識しています。

出演者の皆さんと演出の栗山民也さんのご紹介をお願いします。

栗山さんは井上作品をより深く理解していらっしゃる方の一人です。その栗山さんがあえて今、非常に難しいと言われたこの戯曲にさらなる新たな息吹を与えてくれるというのは、本当にありがたいことです。2007年の初演でも演出してくださいましたが、その時に時間的な関係でできなかったことややり残したことも投入してやってくださっているので、栗山ファンにとっても楽しみな作品になると思います。さらに初演と解釈を変え、これだけ個性的な俳優さんたちを表現者としてある域まで到達させたという手腕も見どころであり、今回の醍醐味ですね。
出演者についてですが、こまつ座の芝居は常にアンサンブルで、「この人が出るとこの人が引っ込む」といった緻密な演出のもとに成り立っています。今回はアンサンブルとしては完璧ではないでしょうか。私が直接オファーした方もいらっしゃいますし、栗山さんがぜひにと推した方もいらっしゃいます。そうして絶妙なバランスの座組みが実現しました。朝海ひかるさん、吉田栄作さんというお二人を軸にして、その周囲に若い人からベテランまで大変魅力的な俳優さんが揃ったと思います。朝海さんはもともと井上作品のファンでもあって、戯曲をとてもよく読み込んでくださいます。「宝塚を退団して10年という節目に、こういうやりがいのある仕事をさせていただけてありがたい」と言ってくださいました。少し余談になりますが、井上ひさしの作品は「覚えるのは大変だけど、一度覚えたセリフはどんなに長くてもすっと出て気持ちがいい。”ここでセリフを切らないで”と思うような部分で切れることがないから」と、俳優さんからよく言われます。これは俳優さんにしかわからない感覚なんでしょうね。「生理的に気持ち悪い」と感じるセリフの切れ方をする戯曲もある中で、井上作品にはそれが一切ないそうです。吉田栄作さんが演じるフランク馬場は混血で、自らのアイデンティティが揺さぶられるような、非常に難しい役です。その難しさをどんと表に出せるような役柄ではなく、内に秘めつつ小出しにしていかなければいけません。ベテランの域に達した方が俳優として超えたい1つのハードルとして、この作品を選んでくれました。このお二人だけでなく、今回の俳優さんたちは繊細で、観ている方に寄り添うような方ばかりなので、お客様も登場人物への共感がより増すのではないかと思っています。

都民芸術フェスティバルには2011年3月の『日本人のへそ』以来2度目のご参加となります。今回の『私はだれでしょう』も含め、井上ひさしさんの作品に共通する魅力とはなんでしょうか。

「自分も頑張れそうだ」とか「自分の人生は自分で思っているほどつまらないものではないかもしれない」など、何かしらの勇気を得て劇場を後にできるのが、井上戯曲の魅力だと思います。観ていて共感できる登場人物が必ず一人はいるんですよね。自分自身の「負」の部分と同じものを持っている人の姿を舞台上に見ることで、客観視したり励まされたりするのです。年齢を重ねてからまた同じ作品を観ると、今度は違う演者に共感するようになっていることもあります。
『日本人のへそ』の時は「応援歌になった」「心にほくほくしたものを受け取った」といった声を、とりわけたくさんいただきました。公演期間中に東日本大震災が起きたためチケットの払い戻しを受け付けたのですが、払い戻しする人が少なくて驚きました。「このチケットはお守りに取っておく」と言ってくださる方もいて、演劇の持つ力を再認識した出来事でした。

情報が氾濫し刻々と社会情勢が変わる現代において、演劇ができることは何だと思われますか。

演劇は一方的に発信するものではなく、発信元と受信者が劇場という場に同時に存在し、しかもお互いのキャッチボールで成り立っている文化です。観る側も参加することによって初めて成り立つので、みんなで一緒に感動を味わうことができます。これはネットのように相手の顔が見えないまま一方的に自分の感情を吐露するツールとは対極のものであり、劇場に来なければ体験できないことです。
また、世の中のさまざまな出来事に対してあふれている情報は、別の側面から見ると真実ではないかもしれません。演劇はそうした観点を学べるものでもあります。特に井上作品はいわゆる戦前、戦中、戦後という話が多いので、日本が背負ってきた歴史を追体験できる場所だとも言えます。「そういう側面がある歴史の中で、これだけ多くの人が翻弄されたのか」と、自分のことのように体感できるのです。栗山さんがよく「演劇とは記憶の再現装置だ」と言うのですが、再現された記憶を体感できるのが、参加型ならではの演劇の力ではないでしょうか。

井上麻矢さん

まだこまつ座の作品を観たことのない方に向けて、「井上ひさし作品の楽しみ方・楽しむコツ」があれば教えてください。

昔に書かれたものでも今の時代のことをはらんでいるという点が、井上作品の特色であり見どころでもあります。いずれの作品も、決して昔の話ではなく現在にも通じる話です。先見の明があった作家だったので、「日本はこういうことを続けていったら将来こうなって、こんな問題が起こるだろう」ということを作品に織り込み、それが現実のこととなっています。ですから「昔の作家さんでしょ」と思わず観ていただきたいですね。『私はだれでしょう』という作品も、今の時代でも「何が自分か」ということを自分自身に問いかけている人はたくさんいるはずですから、きっと今の問題を改めて考えるきっかけを得ていただけるのではないかと思います。
今回の出演者の中で一番若い平埜生成さんは出演にあたって、俳優仲間の方から「なんで今、こまつ座なの?」ということを言われたそうです。どうも「こまつ座は昔の話ばかり、観る人もシニアが中心」というイメージがあるようで、平埜さん自身も最初はそう思っていたそうです。けれど実際に台本を読み、演じてみたら、「自分と同世代の人にも見てもらわないともったいないという気持ちになった」と。こまつ座の公演は年配の観客が多いという先入観は捨てて、若い人にもどんどん観ていただきたいですし、実際、作品はいずれも年齢に関わらず楽しめる内容です。
それから、井上ひさしの作品は「言葉」「庶民」「憲法」が柱になっていて、小説にしても戯曲にしても、どの作品も必ずこのいずれかに当てはまります。この3つの柱を体感しに劇場にいらしていただきたいですね。

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