式能 金井雄資さんにインタビュー

第63回式能

人間への讃歌である能から、あらゆるものを感じ取っていただきたい。

江戸時代から続く「翁附五番立(おきなつきごばんだて)」を体感できる唯一の機会である「式能」。この伝統の舞台に上がるシテ方宝生流能楽師の金井雄資さんは、能は人間、さらには生命への讃歌だと語ります。今回は、さまざまな感じ方ができるという能の魅力、見どころを解説いただきました。

金井雄資(かない ゆうすけ)

重要無形文化財保持者、公益社団法人能楽専務理事。紫雲会、紫影会、かたばみ会を主宰。シテ方宝生流 金井章の長男として東京に生まれ1965年の初舞台以来、第一線で活躍し続けている。

唯一無二の存在「式能」。江戸幕府の定めた式楽を踏襲する。

──演目をご紹介ください。

式能の一番の特徴は、「翁附五番立」という江戸幕府が定めた式楽(儀式に用いられる芸能)の正式な演の形式ということ。これを踏襲して現在このやり方で上演をしているのはほかには無いと思います。またシテ方(能の主人公)の五流が一同に会するというのも大変貴重な機会で、一年に一回のこの式能を私どもも大変大事に扱っております。「翁」は五流のお家元が順番で務めるという形で、その後に「神男女狂鬼(しんなんにょきょうき)」、この五つの能をきちんと順序通りに演じます。昭和36年の第1回公演からずっと続いており、今回で63回目の「式能」を迎えます。

女性が主人公という珍しい修羅もの、哀切が見どころです。

──金井さんが演じられる第一部「巴」について教えてください

先ほど申し上げた「神男女狂鬼」で言えば、「男」。いわゆる「修羅物」ですね。修羅物では平家、源氏、双方の武将を扱った曲が主体になりますが、そういう意味では唯一の女修羅の曲です。巴御前が主人公の物語で、巴はすでに亡くなっていて亡霊として登場します。巴が訴えるのは義仲とともに死ねなかったというその哀切。女であるから一緒に死ねなかったということを切々と訴えて、義仲とともにどうぞ回向(えこう)をしてくださいと僧侶に頼んで消え失せるという物語です。

──作品の見どころは?

最後のひと勝負として巴が敵を圧倒的に薙刀でねじ伏せていく様を見せるんです。その戦闘シーンがまず一つの見どころ。そして果ててしまった義仲を見つけ形見の品を受け取ります。甲冑を脱ぎ捨て、義仲の形見である白い衣をまとうのですが、これがなかなか大変な悲しさを誘います。「御前」という呼び名はご主人が亡くなったことを表すんですね。ですから、このときに初めて巴は巴御前となるわけです。まさに愛しい男の菩提を伴う御前になる、そこまでを見せるのがこの能の面白いところです。

人から人へ、心から心へ伝わってきました。

──能の歴史を教えてください

700年ほど前、観阿弥、世阿弥という2人が能を大成させました。能自体はそれよりまだ300年くらい歴史が古く、1000年近く前から存在するわけです。現在、能は250曲ほどあるのですが、そのほとんどは観阿弥と世阿弥とその次の代で書かれました。その後、江戸時代に「式楽」に定められてからは、非常に華やかな時代を迎えます。ただし「式楽」は儀式的な行事に必ず上演されるもの。そのため、正確に伝承していく、正しく伝えていくことが義務化されました。将軍の前で失敗して切腹した役者もいるなんていう伝説的な話が残っているくらい、厳しい世界でもあったのです。そうやって人から人へ、心から心へ伝えていって現代まできました。今は伝統芸能というような枠組みにされてしまいますけれども、あくまでもこれは演劇です。劇場で生の感動を与えるということが我々の使命だと思っています。ただ伝えていくとか守っていくなんていう、博物館のガラスのケースに入っているようなものではないということですね。そのへんを我々も肝に銘じておかないといけないと思います。

一発勝負の舞台に向け、つねに気高くあろうという想い。

──稽古場に掲げられた額にはどのような意味がありますか?

「紫雲立處(しうんのたつところ)」と書いてあります。父、章(あきら)がつくり今は私が主宰を引き継いでいる「紫雲会」からきたものです。これは、能楽を稽古する私のお弟子さん方の同門会です。紫雲の立つところ……つまり非常に高貴な場所に立つこと、そういう状態を目指そうという意味が込められているんです。気品高く、そういう想いですね。

──稽古はどのように行うのですか?

稽古は基本的に一対一です。お弟子さんと私だけということですね。本番の舞台は一回勝負で、いわゆるリハーサルは本舞台でしか行いません。リハーサルのときですら能面、能衣装は使わないんですよ。本番の衣装をまとうのは本番だけなんです。

人間に関わる全ての事柄が詰まっている芸能です。

──能の面白さとは?

先ほど、「神男女狂鬼」と言いましたけれど、能が扱っているものは例えば神と人間、死と生、善と悪、罪と罰。能には、そういう人間が関わる全てのことが詰まっているというか、充満しているわけですね。それと、生と死は決して背反したものではなくて「生死」として一つのものとして扱っている。自分の命だけで終わらずに、未来へつながることが大事だと、能は教えてくれています。

そして、能は生者と死者の邂逅ですので、結局最後は鎮魂なんですよね。鎮魂の芸能である。鎮魂は生きている人間がするので、ある意味これは生きている人間の讃歌なんではないか、生命讃歌であるというくらいまで、そこまで僕は感じてしまうんですよ。能をご覧になって何を感じ取っていただくかは本当に一人一人の自由でけっこうですし、千差万別なんですが、これは人間の関わること全て、人間の業も全て入っている芸能です。自分が生まれる前と死んだ後のことまで含めて……この道端の一木一草からその宇宙の日月星辰までですね、それが全て詰まっているのが能ですから。もう、何でも感じ取れるんだと思うんですよね。伝統とか、古いものではないんです。喜びのために楽しみのために来ていただく。そういうふうに考えていただきたいですね。能には全てのことが詰まっていますよ。

楽しむポイントが実に多い、とにかく感じ取っていただきたい。

──初めてみるときのポイントは?

やはりストーリー、あらすじはご存知のほうがいいと思いますね。あと、能では大体ワキ(シテの相手役)が登場します。ワキは観客の代表者みたいなもので、ワキがシテに質問をしていく。ワキがお客様の疑問を代弁して質問してくれますから、それについていっていただくとよいと思います。また、四拍子という囃子も注目いただきたいですね。能の四つの楽器はオーケストラに勝るとも劣らない迫力でもって演奏いたしますので、これを楽しむのもけっこうです。ほかにも能面や能衣装の優れた造形美、そういうものを感じ取っていただくのもいいと思いますね。やはり最後は、何かを感じ取っていただくのがよいと思います。

若い人や子どもたちにも、本物の芸術に触れていただきたいです。

──お客様へメッセージをお願いします。

コロナ禍によりまして芸術分野は大変な打撃を受けました。しかし私ども、努力をいたしましてこのように公演を続けられることができました。みなさまのお力添えのたまものでございます。今回の式能では、若い方々、子どもたちにも芸術に触れてもらいたい。本物の芸術を提供したいということで文化庁からのサポートもあって、若い方をご招待する、こういう企画もございます。どうぞお気軽に、難しいものとお考えにならずに、劇場へ足を運んでいただきたいと思います。どうぞよろしくお願いをいたします。



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