落語家 柳家さん喬さんにインタビュー

第53回 都民寄席

大笑いしているのに涙が出る、それが本当の人情噺。

落語は演者とお客様とのキャッチボール、と話す柳家さん喬師匠。人は笑うことだけを求めているのではなく、楽しさを共有できる喜びを大切したいと独特の口調で語ります。今回、さん喬師匠の都民寄席の演目は“いろいろと幸せな、楽しい、面白い”人情噺です。

柳家さん喬(やなぎやさんきょう)

落語家、一般社団法人落語協会常任理事。東京都墨田区本所生まれ。1967年に五代目柳家小さんに入門(前座名「小稲」)、1981年に真打昇進。国立演芸場金賞(1984年)、平成24年度芸術選奨文部科学大臣賞、2014年度国際交流基金賞ほか、受賞多数。2017年に紫綬褒章受章。趣味は日本舞踊、創作料理、演劇鑑賞など。

江戸時代だけれど「現代と同じ」と感じる瞬間が。

──演目をご紹介ください。

「文七元結(ぶんしちもっとい)」といって、人情噺の代表的な演目の一つです。年の暮れも押し詰まった江戸が舞台ですが、人情噺は季節をあまり気にせずにお聞きいただければ何よりです。ある青年が、ちょっとした間違いを起こします。そのために大川に身を投げようとするところを、通りかかった男が助け、いろいろあって、いろいろと幸せな、楽しい、面白い噺です。

設定は江戸時代ですが、仕事でミスをして自暴自棄になってしまうという、お聞きになっていて「あ、これは現代と同じだな」とお感じになる瞬間があるかもしれません。古典落語の姿かたちを借りて、その中に現代にも通じるものの見方や考え方が入り込んでおり、分かりやすい噺になっている気がします。ここから先は、ぜひ足をお運びいただいてお楽しみください。

人間の持つ不条理を落語という形で表現。

──人情噺とは、どういうものですか?

落語の人情噺というと悲しいとか涙なくしては聞けないと思うかもしれませんが、実は大変面白いものが多い。人間の持つ不条理を落語という形で表現しています。「そんな馬鹿な」というところで笑っていただいたり、「俺もそういうことがあったよな」と、自分に正直になってわが身を振り返ってみると思い当たる節があったりします。お客様と演者が共有できるような楽しい噺、腹を抱えて大笑いしているのに涙が出る、それが本当の人情噺だと思います。

比較的長い噺なので、たっぷりとお楽しみください。

──「元結」は「もっとい」と読むのですか?

「もとゆい」が「もっとい」、「もっといや(元結屋)」という言葉もあるので、江戸弁で詰まったのかもしれません。昔は男性はマゲ、女性も髪を結っていましたが、髪を結うときに使う専用の紙紐が「元結」です。

それまでは長い元結から必要な分だけ切って使っていましたが、文七さんの元結はそれぞれの用途に応じた長さにあらかじめ短く切ってあるので、たいそう便利だと人気になり、「文七元結」と呼ばれました。元結はいまは見かけませんが、祝儀袋の水引の糊が非常に少ないものとお考えいただくとよろしいかと思います。

しかし、落語の「文七元結」には、実は元結は出てきません。落語というのは、題名と内容が離れているものがいくらでもあります。「文七元結」は比較的長い噺なので、こんどの都民寄席ではたっぷりとお楽しみいただければと思います。

お客様と演者が空気を共有し、一体になる楽しさ。

──いまはテレビやネットのオンライン配信でも落語を楽しめますが、「生」で聞く落語の楽しさって何でしょう?

寄席にしてもお芝居や音楽にしても、このコロナ禍のために生で聞くことができない期間が長く続きました。やはり、すべての芸能や舞台芸術は、その場に行って楽しんでいただくのが一番でしょう。空気を共有する、演者とお客様が一体になることがとても大切なんだと思います。

客席でお客様が笑ってくださると、それによって演者は高揚してきて、気持ちがぐうっと高まります。それをお客様にお返しすると、受け取ったお客様が、またこっちに投げ返してくださる。キャッチボールでも、緩い球より、グローブがピシッと音をたてるようなキャッチボールのほうがお互いに楽しいと思います。強い球が行ったり来たりして、ときには「こんな変化球はどうですか」と投げてみると、お客様がそれを受け取って、面白かったよと返してくださる。そういうやりとりは、生でなくてはできません。

お客様も、演者と楽しいキャッチボールをしていただき、いやあ来てよかったなといってお帰りになる。何か疲れが取れたようだという表情で帰っていかれるお客様の様子を見ると、聞いていただいてよかったと感じます。私などは、逆にお客様を疲れさせてお帰りいただくこともありますが(笑)。

笑うと周りの人間も楽しくなり、喜びを共有できる。

──そもそも、人間はなぜ「笑い」を求めるのでしょうか?

私ども噺家は、笑ってくださるお客様を見ているととても楽しくなりますが、笑うことだけがすべてでないことは確かですね。

私が前座の頃、こんなことがございました。新宿の末廣亭で、御簾から客席を見ておりました。お客差がゲラゲラ笑い、演者はそれに合わせてまた一生懸命に語ります。それに呼応するように、お客様がいっそう笑う。その笑っている姿を見ながら、なぜか分からないんですが、涙が出てきました。お客様が笑っている姿を見て、とてもうれしかったんでしょうね。

人様が笑うと、周りにいる人間も楽しくなり、うれしくなる。決して、笑うことだけを求めているのではなく、共有できる喜びというものが大切なんだと思います。

守ることも大事だし、破らないと成長できない。

──師匠の後ろの壁にかかっている「守破離」という額は何ですか?

私の師匠の五代目柳家小さんは剣道七段の範士で、私は師匠に剣道も教えていただきました。「守破離」は師匠がよく言っていた剣道の言葉で、守って、破って、離れる。落語に置き換えると、「守」は教わったことをそのまま素直に演じる。「破」は、そこにいろいろなものを自分なりに考えて取り入れていく。

ここまでは誰でもできますが、最後の「離」が一番難しい。教えてもらったこととはまるで違う形で、しかも教えていただいたことがちゃんと芯に残っている独自の世界を作り上げる。そのためには守ることも大事だし、破らないと成長できません。その時々で自分ができることを成し遂げる、それが「守破離」だと思います。

落語はもちろん、さまざまな舞台芸術をお楽しみください。

──お客様に、メッセージをお願いします。

都民寄席は、令和5年1月から3月まで、多摩地域を含めた都内8か所で開催します。落語だけでなく、浪曲の会、講談の会もあります。漫才や紙切り、曲芸などもあり、寄席芸能をたっぷりご堪能いただけます。お客様に心ゆくまで笑っていただこうと、みんな張り切っております。ぜひ、おいでくださいませ。

また、この都民芸術フェスティバルは、寄席芸能のほか、さまざまな芸術を都内でお楽しみいただけます。お求めやすい料金で、学生割引もございますので、この機会に、ぜひ「都民芸術フェスティバル」の舞台芸術公演をお楽しみください。



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